煌く綺羅の夜 -第一章 緑風の迷い人-


ふとした瞬間、歩みを遅くして、人の行くままに流されてみたくなった。
そうすれば、それは『人の集団』で。
特別な自分ではなく、その中のただ一人。
ただ一人の人間として、見てもらえるような、そんな気がした。
そして、そんなことを考えながら蓮花は―
道に、迷っていた。


太陽が頭上から・・・真上から照り付けてくる。
暑い。
鎧綺は、額の汗を軽く手でぬぐいながら空を見上げた。
見事なほどにからっと晴れた、雲の破片すら見えない青空。快晴。
―青空は・・・嫌いじゃないんだけどな。こうも暑いと・・・―
黒い色が、光を集める、などということを知らなかった訳ではないのだが。
着ている、ボートネックの暗い灰色のシャツ、そして黒いズボンは、
今さらどうしようもなかった。
朝はそれなりに・・・そう。それなりの天候だったはずなのに。
いつしか鎧綺の足は、村を出てすぐの森へと向かっていた。
―やっぱり、涼むなら、あそこしかないだろ―


診療所内は涼しく、いや、むしろ何となく寒さすら感じる。
だからいつものように、青い長袖の服を着てきたのだが。
雲一つない青空。外は暑かった。
―食中毒が多発しそうな天気だ・・・―
由騎夜は思った。
後で、薬草が足りなくなるかもしれない。
そう、昼の休憩時間中に採ってこなければ。
それならば、あそこがいい。
村のすぐ近くの森。
普通は見分けがつかないだろうが、いい薬草が手に入る。
それに、時間内に戻ってこられる。
そして何より、ここでこうして立っているよりもずっと
涼しいであろうから。


レイ=ヨーシュは、困惑していた。
宿屋が見つからない。
ちらちらと、遠巻きに、村人たちが自分を見ているのがわかる。
自分の格好・・・羽織ったマントの形ですら、ここでは異質なのだ。
村人に問いかけたが、返事はなかった。
やはり、自力で探すしかない。
そう思いながらヨーシュが向かった方角は、宿屋と正反対だった。


「あっ・・・」
声が、重なる。
鎧綺と由騎夜は、森で鉢合わせた。
「・・・何してるんだよ」
「・・・薬草採り。そっちこそ、学校は?」
「今は昼休みだ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
由騎夜は、兄があまり好きではない。
その理由は、様々なのだが。
二人だけの時などは、会話が弾ます、間が持てない。
今、この時も、全くもってその通りだった。
がさり、と
二人の横の木が揺れたのは、その時だった。
「・・・何だ?」
鎧綺が振り向く。
「うわっ!?」
その顔にべったりとしがみついた、木の陰から出てきたものは、どうやら生物のようだった。
「何なんだよ!?」
鎧綺は、その生物を顔からはがして、見た。
白い、ふかふかの体毛。
くりくりとした、大きな紅の目。
そして背には、翼。
一見ぬいぐるみのような、可愛らしいその生物は、
真っ直ぐに鎧綺を見ていた。
「天紅―!」
そして響いたのは、声。
高く、優しげな、女の声。
鎧綺と由騎夜が同時に声のしたほうを向いた瞬間、その人物は木々の間から姿を現した。
まず、目についたのは美しい瓶覗色の髪だった。
旅でもしてきたのか、一般的な旅用のマントを着て、フードを被っている。
そのフードからのぞく髪は長かった。
「あ・・・あの・・・こんにちは」
瓶覗色の髪の少女は、鎧綺と由騎夜の瞳よりも薄い緑・・・
白緑色の瞳を少しだけ細めて、笑った。
ざっ・・・と、風が吹き抜ける。

―可愛い―

二人は同時に、そう全く同時に思った。
天紅と呼ばれた生物は、少女のもとへと飛んで戻っていく。
少女は天紅を抱きしめると、二人を見ていった。
「すみません、杜樂という村に行きたいんですけど・・・道を知りませんか?」
「杜樂は、そこの道を行けばすぐだけど・・・」
鎧綺は自分のきた道を指す。
「そうですか、ありがとうございます」
少女は軽く会釈し、二人の横を通ろうとした。
「あ、ちょっと!」
その少女を、鎧綺が呼び止めた。
「はい?」
「名前、教えてくれないか?」
「私ですか?」
鎧綺は、頷く。
「蓮花です、海緑蓮花。それでは、失礼しますね」
また、風が吹き抜けた。
蓮花と天紅は、村へと歩いていく。
鎧綺は、由騎夜を見て、意味ありげな笑みを浮かべた。
「蓮花、ね・・・」
由騎夜はあまり兄が、好きではない。
特に、こんな時の兄は。


2010/01/26(past up unknown)


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