煌く綺羅の夜 -第一章 緑風の迷い人-


「よく来たわね、疲れたでしょう。あなた、久しぶりのお客よ。
 こんな村だから、そんなに旅人も来なくって。けど、別に悪い宿じゃないわよ、いい男もいるし」
笑いながら一人で話を進めているのは、杜樂唯一の宿「煌く綺羅の夜」の女主・煌瑚である。
「まぁ、何もない所だけどゆっくりしていって。時間はたっぷりあるんだし」
そして一方的に聞かされているのは、
瓶覗色の髪をして、白緑色の瞳をした ― そう、森で道を尋ねていた蓮花という可愛らしい少女であった。
「あの・・・これも一緒にいいですか?」
蓮花がいうのと同時に、ぬいぐるみのような天紅が蓮花の背後から飛び出す。
煌瑚は、驚いた様子もなく、天紅をニコニコしながら見ている。

「さっきのは、お前だったんだね」

笑顔でそういう煌瑚に対し、蓮花は不思議そうに聞いた。
「あの・・・さっきのって何ですか?」
天紅この子の心の叫びが聴こえたのよ、”生きたい!死にたくない!”って」
蓮花は瞳を見開いた。
「そして、あなたが助けてあげていた」
「ど、どうして、そんなことわかるんですか!?」
煌瑚は、蓮花の素直な反応に思わず吹き出してしまった。そして、なかなか笑いが収まらない。
「・・・あの・・・?私、何か変なこと言いました?」
ずっと笑っている煌瑚に、蓮花は何か自分が変なことを言ってしまったのではないかと、不安になった。
「いえ、あなたがあまりにも素直な反応をするから、つい・・・」
と、煌瑚は何とか笑いを収めて、真面目な顔をして蓮花を見た。
「私ね・・・普通の人よりも耳がとてもいいの。それは、人の心の声が聴こえたり、すごく遠くの音が聴こえたり・・・不思議でしょ。ごめんなさいね、変な話をして」
そこで、煌瑚は一呼吸置いた。
「でも、あなたにも何か人とは違った力があるわよね?」
「・・・はい」
蓮花は少し怯えた顔をして煌湖をみた。
「ま、いいわ。それより、そうそう名前を聞いてなかったわね、私は棕絽煌瑚。ここの宿主よ」
煌瑚は、蓮花の目を見て微笑んだ。
「海緑蓮花です」
蓮花も煌瑚の目を見て、微笑み返した。
「蓮花ちゃんね、えっと、この村にはどのくらい滞在するのかしら?」
「・・・あの・・・ずっとここに置いてもらえませんか?」
「え・・・?ずっと?」
煌瑚は耳を疑った。よすぎる耳でも、聞き間違えたのかと思ったのだ。
「いけませんか・・・?私は、・・・もといた村には戻れないんです・・・」

―この力がある限り、あそこでは特別な存在でしかいられない・・・―

煌瑚は、蓮花の深刻そうな雰囲気をみて、笑顔で答えた。
「構わないわ、でも家にいるのなら覚悟してね。私の手伝いしてもらうから」
「はい!置いていただけるのなら、何でも手伝います!!」
蓮花は、嬉しそうに笑った。
「あ、それと・・・」
「それと?」
「うちの弟二人オオカミには、くれぐれも気をつけてね」
「オオカミ・・・ですか?」
「・・・動物じゃないわよ?弟二人よ」
「弟さんですか・・・?」
蓮花が、煌瑚の言葉の意味をわかった様子はなく、まして森であったあの二人がその人物であるなんて、
蓮花は知る由もなかった。
こうして、蓮花はこの杜樂の唯一の宿屋の一員となった。


その頃、ヨーシュはようやく、山を二つ遠回りして杜樂の村のすぐ側にいた。
―ちょっと、時間がかかったかな―
商いをしている剣士なのだが・・・意外と方角的な勘はないらしい。
隣の村から、普通の人は一ヶ月ほどで辿り着くのだが、ヨーシュは二ヶ月半もかかりようやく着こうとしていた。
その間、野生の獅子と対峙して、生きていたのだから・・・
何とも運の強い男である。

  <第一章終>


2010/01/26(past up unknown)


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