煌く綺羅の夜 -第三章 暴風は旅人達と共に-


次の日、由騎夜はいつも一番に起きる煌瑚よりも早く起きて、朝食も取らずに家を後にした。
煌瑚は、そんな由騎夜の心の声を聴いていた。
「…馬鹿な子…」
煌瑚はそう、呟くといつものように動き出した。


ガサッ。ゴソッ。
「くすぐったーい、こら、天紅」
蓮花は掛け布団キルトの中に潜りこみ、動き回る天紅によって起こされた。
蓮花が掛け布団をはぐと、天紅が瞳を輝かせて、蓮花の顔をのぞいている。
「おはよう、天紅」
天紅が首を傾げて、蓮花を見つめる。
「起きようか、もぅ」
蓮花がそういうと、天紅は嬉しそうに翼を羽ばたかせた。

「う゛、わぁっ!!」
そういって、がばっと跳ね起きたのは鎧綺だった。
「あ゛―、何だってあんな夢見なきゃなんねーんだ、ったく朱璃あいつが昨日、あんあことさせるから…」
鎧綺は、昨日させられた蛇退治の夢を見て起きたのだった。
「あいつ、今日こそは!!痛めつけてやる!!」
が、到底、無理だということを鎧綺は知らない。

ヨーシュはあまり眠れなかったようだった。というのも目が赤い。
何かを考えるように、窓辺に腰を掛けてまだ薄暗い外を眺めていた。
ふと、自分の右手を見た…。
昨日、取り替えた包帯はまだ、真っ白なままだった。


「お早うございます、煌瑚さん」
「あら、れんちゃんお早う。まだ寝ててもよかったのに」
「いえ、目が覚めてしまったので…」
蓮花が食堂に行くと、煌瑚が忙しそうにしていたので蓮花は進んで手伝った。
そんな蓮花を見る煌瑚の表情は、自然と柔らかいものになっていた。

鎧綺は手を首の後ろに当てながら、食堂に向かった。鼻孔をくすぐる食堂からの芳香を快い心地で味わう。
階段の前に来たところで。
「……?」
(…右。あいつの部屋から…か?)
姉の忠告が気になったが、鎧綺はヨーシュの部屋を向いた。
扉がかすかに開いている―――鎧綺は息を殺して、室内を覗こうと近寄り足を止めた。隙間から声が聞こえてくる。
「……忌むべき呪いを断ちたまえ…」
鎧綺は祈りのような言葉に驚いた。
(・・・呪い・・・!?)
彼が本格的に室内を覗こうとした時、扉がいきなり動いた。
っ。
「ん?」
扉が途中で動かなくなった事と鈍い音がした事にヨーシュは疑問の声をあげた。
見てみると煌湖の弟―名は曖昧にしか憶えていない―が扉に張り付いている。
ヨーシュは悪びれずに訊ねた。
「え―と、大丈夫かい?」
「大丈夫じゃねぇ!ちっとも大丈夫じゃねぇ!」
なぜか、怒りながら鎧綺は復活していた。整った顔は真っ赤になっている。
顔を抑えながら、鎧綺はうめいた。
「く―…お婿に行けなかったら、どうすんだよ」
「花嫁にもらえばいいじゃないか」
ヨーシュのきっぱりとした発言に鎧綺は声を荒げて言った。
「…あのなッ!――…」
声が途切れる。鎧綺は深緑の双眸を見開いて、ヨーシュの顔を見た。
「…どうしたんだ、その顔」
「あぁ、これは…」
ヨーシュは明言を避けたようだった。夜色の左眼はちらりと鎧綺の方を見た。
「…昨日は、してなかったよな…?」
「この、眼帯のことかい?」
「どー見ても、俺には包帯にしか見えんが」
「…実は」
ヨーシュはすっと指を立てた。
「ナイフで傷つけたんだ」
「嘘だろ?」
鎧綺の即答にヨーシュは曖昧に笑った。
「ところで、私に何か用が?」
「へ?あ、あぁ。一応、起こしに来たんだけど―――…」
「そうか。すまないな」
「別に…」
ヨーシュが鎧綺の横を通り過ぎて、食堂に向かう。
その時、鎧綺は自分の嗅覚を疑った。
「……なぁ!」
ヨーシュは振り向いた。包帯に隠れた右眼はわからないが、左眼には驚きの感情―。
「ん?」
まさか呼び止められるとは思ってなかったのだろう。彼は明らかに驚いている。
「…さっきの」
「さっき?」
「…ナイフでって…冗談だろ?」
ヨーシュは微かに唇の端を上げた。
「もちろん。そんなこと、痛くてできないよ」
と言い残し、ヨーシュは行ってしまった。鎧綺はヨーシュが行ってから、部屋の扉を見つめた。
ヤローの部屋を覗くなんぞ、主義に反するけど…)
もう一度、確認する。気配はしない。
鎧綺は扉の音を立てないようにしながら、室内に足を踏み入れた。
ベッドの横に大体の荷物を置いているようだ。剣、鞄や手甲と何か色々と…。
ベッドの上には包帯と―――。
(まさか…)
多少変わった形状をしているがそれは確かにナイフだった。
ナイフは彼の手の中で鋭い輝きを放つ。手入れが行き届いた新品同様のナイフ…。
鎧綺は胸中で呟いた。
(ばっかみてぇ)
ふ―っと吐息すると、鎧綺はナイフをベッドに放った。
(自分の眼を刺すなんて、マトモな神経じゃねぇよ。あんな優男に…) お前もな
鎧綺はふとクズかごを見つけた――元からあったものを見つけるというのも変だが――。
何気なく中を見てみる。
その瞬間、鎧綺は強烈な寒気を覚えた。
「…マジ、かよっ…」
汚れた包帯と共に捨てられていたのは、真新しい血液を拭ったらしい、白い布だった。


2010/01/26(past up unknown)


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