煌く綺羅の夜 -第三章 暴風は旅人達と共に-


「きゃああっ!?」
蓮花は驚きあまり、足を鮮やかに滑らせ、体制を崩した。
「――ッ蓮花さん!」
後ろに倒れそうになった蓮花をヨーシュは素早く抱き寄せた。
力強く温かい腕に抱かれ、蓮花は不思議と安心感を覚えた。
(…男の人に抱きしめられたのって、初めて…かも…)
「…大丈夫かい?」
ヨーシュの声を聞いたとたん、蓮花の中で恥ずかしさが爆発した。
「はっ!はいいいいいっっっ!!だだだ大丈夫ですっっっ!」
「よかっ…」
蓮花がヨーシュから少し離れた直後、ガシャッ!という音が響いた。
沈黙。
蓮花とヨーシュは呆然と―――似たような表情で―――見つめあっていた。
「・・・何やってんの?」
煌瑚の疑問はもっともだ。
朝っぱらから、頭に鍋のふたを乗っけた美少女と、鍋―本体―とスープをびっしょりとかぶった美男子が向かいあっている光景は、何とも奇妙であろう。
彼女の一声が二人の止まった時を動かした。
「こ…これは、熱い!!なんで鍋!熱いッ!」
「あ、熱いですかっ!?みっ水…じゃなくて布巾が…大変!」
「二人共、リアクション変…ていうか、れんちゃん鍋ひっくりかえしちゃったのね」
「あっ・・・」
蓮花はビクッとふるえた。泣きそうな声で蓮花は言う。
「ご、ごめんなさい!!私・・・」
「いいのよ。それより、洋布タオル持ってきてくれる?じゃないと、彼 風邪引いちゃうわ」
「はい!…どこにあるんですか?」
「浴場の戸棚よ。急いでね」
「はいっ!!」
全速力で走っていった蓮花のあとを、天紅がパタパタと追っていった。
煌湖は視線をヨーシュの方に転じた。ヨーシュは鍋を見つめて嘆息している。
――――これも捨てないとだめかな・・・――――
「……それ、その服」
ヨーシュは鍋を見るのをやめて、こちらを見た。
そう、熱くないのだろうか、と思いつつ、煌湖は言った。
「脱いで」
「・・・へ?」
「へっ、変な誤解はしないで!早めに洗えば、汚れとか匂いとかちゃんと落ちるんだから。わかった?」
赤面した煌瑚につられて、ヨーシュも多少赤くなっていた。スープのせいかもしれないが。
「では、面倒かけますがよろしくお願いします」
「別に…じゃ脱いでくれる?洗いますから」
「・……って、今すぐですか!?ここで!?」
成年男性にも恥じらいがあるのか―――(偏見です)と思いながら、煌瑚はヨーシュの服をぐいっとひっぱった。彼の耳元で囁く。
「それとも、脱がされたいの?」
「…結構です」
「ほら、だったら早くしてよ」
ヨーシュは苦笑しながらも、服の2つのボタンを外し、潔く服を脱いだ。
煌瑚は少なからず驚いた。
あらわになった彼の上半身は、余分な肉が一片たりともない、均整のとれたものだった。
美しいことは美しいが、それは研ぎ澄まされた刃の持つ美しさだ。
煌瑚は普通に訊ねた。
「あなた、何か…傭兵か何かなの?」
「時々、そういうこともありますけど」
言いながら、ヨーシュは脱いだ服を煌瑚に渡した。
「何故ですか?」
「だって…ただの人がそこまで筋肉ある訳ないじゃない……その包帯…何?」
「眼帯…には見えませんか?えっと、鎧綺君でしたか。彼にも言われたんですが」
煌瑚は耳を澄まして、聞こえない声を聞こうとした。
(…………だめね…)
彼の心が聴こえない。まるで強固な壁に阻まれているかのように。
(どういうこと?こんな近くにいるのに……)
初めて会ったときもそうだった。彼の心の声は聴こえづらい。
閉鎖。閉ざされた心と殺された感情―――。
彼の瞳の奥にちらついて見えるそれらが、煌瑚に多少の警戒心を抱かせた。
しかし、その一方でその疑惑を否定する心がある。
何故かはわからないが。
「――さん、煌瑚さん?」
「…え?あっ…何?」
ヨーシュが屈託のない表情でこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「・・・・そういえば、朝のスープは無くなったなぁ…って」
「ははっ。でも、おいしかったですよ。熱かったけど」
ヨーシュはにこっと笑ってみせた。心からの讃辞に煌瑚は思わず顔をそむけてしまった。
その時、ぱたぱたと元気な音が走ってきた。
「洋布持ってきま……した…!」
後半、蓮花はうつむきながら洋布をヨーシュに差し出す。
腕を組んでいたヨーシュは「ありがとう」と言ってから、洋布を受け取った。
(…あっ!)
蓮花はふと――断じて見る気はなかった――見えたものに驚き、叫びそうになった。
「…今すぐ頭洗った方がいいですか?」
「水でよければ、私はその方をお薦めするわ。浴場は、あっち」
煌瑚は人指し指で示してみせた。
「服ぐらいは、用意したげるけど(弟のだけど)?」
「…お願いします」
ヨーシュはすまなさそうに笑った。
彼が消えてから、煌瑚は蓮花に告げる。
「れんちゃん」
「はい?」
「悪いけど、食事の用意してて。私は服持ってくるから」
「…ごめんなさい。スープが…」
再び謝ろうとした蓮花の背を煌瑚が2、3度叩く。
「ひゃあッ!!」
「だから、いいの!気にしないで、さっさと仕事する!」
「…はいっ!」

階段の中間あたりで、二人は鉢合わせた。
「や、お・おはよう。姉さん」
「ちょっと来て」
「えぇっ!?だって、俺まだ蓮花ちゃんに…」
「………れんちゃんなら、ヨーシュと抱きあってたわよ」
ポツリと告げ、煌瑚はすり抜けるように鎧綺の横を通った。
「な゛っ…」
鎧綺はふり向き、姉に向かって叫んだ。
「ぬぅわにィッ!?」
「煩い。ガタガタぬかさんで早よ来んかい」
恐ろしい威厳に満ちた姉の言葉に、鎧綺は小さな声で答えた。
「・・……今、行きます」


2010/01/26(past up unknown)


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