煌く綺羅の夜 -第三章 暴風は旅人達と共に-


ドアを開けると、目の前に蓮花がいた。
由騎夜は、わけがわからず、とっさにドアを閉めてしまった。
(何故、蓮花がいるのか…。いや、いるのは別に変じゃないんだ。何でドアの前に立っているのか)
由騎夜は、混乱していたがとりあえず、またドアを開いた。
やはり蓮花が立っていた。しかも今度は目をうるませて。
「なんで閉めるんですかぁ〜〜〜」
(なっ、何故半泣きなんだ!?俺か?俺が悪いのか!?)
由騎夜はいよいよ混乱した。
ドアを開けたままの姿で硬直する。
「せっかく、誰か帰ってきてくれたんだな、って嬉しかったんですよ、わたし。それなのに、ドア閉めるなんて・・・」
「・・・すまない」
平然を装い、由騎夜は言った。
心中は混雑極まりない状態である。
「・・・また一人になるのかな、って思ったんですよ・・・」
(また?)
蓮花の小さなつぶやきを、由騎夜は聞き逃さなかった。
かといって、その意味を問うことはできなかったが。
「それより由騎夜さん、ですよね。どうしたんですか?今は仕事じゃ…」
「あ、いや、昼だから…」
「それじゃあ、わたし、何か作りますね!」
そんな、悪い――由騎夜は言おうとした。
だが、心の底から楽しそうに、そして無邪気に笑う蓮花を見ると、何も言えなかった。
「あっ・・・」
蓮花は台所へ向かおうとした歩みを止めた。
「・・・今、何もないんでした」
「・・・?」
「冷蔵庫とかも全部空みたいで、今、煌瑚さんとヨーシュさんが買い物に行っているんですよ」
(・・・なら、夕方まで戻ってこないな、あの姉だ)
今頃、荷物もちをさせられているだろう異国の客人に同情しつつ、由騎夜は溜息をついた。
予想はずばり、的中している。
「由騎夜さん、どうします?」
「なら、いい。仕事に戻る」
「そ、そうですか…」
蓮花は一瞬、寂しげな表情をした。
『また一人になるのかな、って思ったんですよ』
その言葉を思い出したとき、由騎夜は自分でも信じられないことを口にしていた。
「暇なら・・・」
「え?」
「見に来ても…」
「いいんですか!?」
蓮花は瞳を輝かせた。
(――俺、何言って――!!)
由騎夜は蓮花に背を向けた。
赤面している。
「ほ、本当にいいんですか!?お邪魔じゃないですか!?」
「あ、あぁ…」
それだけ言うのが精一杯だった。
そのまま外へ出る。
「あ、でも宿屋が・・・・どうしよう」
「それは、多分大丈夫だと・・・」
「どうしてですか?」
「…盗られる物もないし、客もこない」
全くもって、その通りだった。

昼の太陽が照っているが、それほど暑くはない。
快い緑風が吹き抜ける。
鮮やかな緑が目に眩しい。
(今日も天気いいなぁ)
蓮花は風になびく髪を軽く抑えた。
外は好きだ。少なくとも、家の中よりは。
こんな日常を、ずっと望んでいた。
5歳のころから、ずっと。
人の話す声、小鳥のさえずり。
何より、一人ではない。
前を歩いている由騎夜は振り向こうともしないが、それでも確かにそこにいる。
「過ごしやすいですね」
後ろから声をかけられ、由騎夜は立ち止った。
無言で歩いてきた。診療所までの道が遠く感じる。
何を話していいのか分からなかったのだ。
「…確かに、この前よりは」
何故もっと気の利いたことが言えないのか―――そんなことを考えたところで、どうにもならない。
「わたし、草とか花とか木とか…そういうの大好きなんです。動物も…
嫌いな人もいるかもしれないんですけど、虫も」
由騎夜は振り向けなかった。
蓮花の顔を直視できない。
由騎夜は振り向かなかったが、蓮花は続けた。
誰かがそこにいて、話している。例え、そっけない返事しか返ってこなくても――
そんな感覚が、嬉しかった。
「生きとし生けるもの・・・すべてが、いつも幸せでありますように・・・」
静かな声が、夏空の下に響いた。


天紅は、実はそのとき煌瑚とヨーシュの頭上を飛んでいた。
だが2人とも、全く気付かなかった。
なぜなら、天紅が2人の頭上1メートルのところを飛んでいたからだ。
天紅は尻尾をパタパタさせて楽しげに飛んでいた。
それから4時間半、由騎夜の予想通り、夕方になってやっと煌瑚はヨーシュをつれて帰ってきた。

  <第三章 終>


2010/01/26(past up unknown)


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