煌く綺羅の夜 -第四章 川の流れのように-


午後は、とても過ごしやすい天気だった。
しかし、診療所へやってくる人が途絶えることはなかった。
「少し苦いですけど、きちんと飲んでください。そうしないと、治りませんよ」
由騎夜は、いつものように淡々と仕事をこなしていた。
だが、心中はいつもと少し違った。それは、診療所にいるのが自分一人ではないから。
『暇なら…見に来ても…』
(どうして言ったのかは、分からない。
でも…蓮花を一人にしておくことは出来ないと思った。いや、一人にしてはいけないと思った。
いやいや、一人にさせたくないと思った。だからといって…
あの発言は、まずかっただろうか。
けど…俺が言い終わらないうちに彼女の瞳は輝いたから…きっとこれでよかったんだ)
そんな由騎夜の思いを知らない蓮花は、嬉しそうに座っていた。
それも…受付らしき位置に“ちょこん”と可愛らしく。
診療所へやってきた人も、初めは不思議そうな顔をしたが、すぐに蓮花が醸し出す空気に心が和み笑顔になった。
ある人は由騎夜にこう言った。
「可愛らしい子だね、由騎夜、いつの間に嫁さんもらったんだい?」と。
由騎夜は苦笑して、その言葉を流した。
(・・・それが、本当のことならどんなにいいか・・・)
そして、時間は過ぎる。

午後の休み時間になり、村人の姿は診療所にはない。
由騎夜は蓮花にお茶を入れてやった。
「…熱いから…気をつけて」
「ありがとうございます!」
蓮花は笑顔で答えた。
だが、由騎夜はやはり蓮花を直視できないでいる。
「あの…由騎夜さん?」
その問いで、ようやく蓮花の方を見た。
「私に…怒っているんですか?ずっと、黙ったままで…やっぱり、お邪魔でしたか、私?」
蓮花は今にも泣き出しそうである。
「あ、いや…そうじゃないんだ…」
由騎夜は本当に困っていた。
「本当ですか!?」
蓮花の勢いに飲まれてしまった。
頷くことしかできないでいる。しかし、それは笑顔だった。
(やっぱり…鎧綺あいつには渡せない…)
蓮花は今度こそ、本当に嬉しそうに言った。
「よかった」と。
由騎夜は蓮花が今までどんな風に生きてきたかは知らない。
だが、蓮花を一人にはしておけないと強く感じていた・・・。

突然、扉が開いたのは由騎夜が蓮花に話しかけようとした時だった。
「ちょっと匿ってくれない?」
いきなりそう言って入って人物は、由騎夜が返事をしないうちに診療所の奥に隠れてしまった。
その後に、続き褐色の髪をしたこれまた美形の長身の男がやってきた。
「おい!由騎夜!朱璃来ただろ!?」
「いや、来ないぞ?どうかしたか?」
「あー…いや、ちょっとな。って、その可愛い子は誰だ?」
緋耶牙は蓮花を見るなりそう言った。
蓮花はというと、いきなりやってきた人物に驚いている様だった。
「緋耶牙・・・手ぇ出すなよ・・・」
由騎夜の口調が普段と変わっている。
顔は笑顔のままだ。
「出さねーよ。じゃ、朱璃がきたら俺のとこに連れて来てくれや。あ、あとさ、明日家に来いよ。必ず!じゃな」
緋耶牙は走って、診療所を後にした。
「・・・おい。朱璃・・・また、何やったんだ?」
由騎夜は溜息を吐きながら、先に入ってきた女にそう言った。
朱璃と呼ばれた女は、名前のごとく朱色の髪をしていた。
その髪を振るって、奥から出てきたがその時初めて、蓮花の存在に気付いたらしい。
「あら?お邪魔だったかしら?」
「朱璃!!質問に答える」
由騎夜の言葉を無視して、蓮花に歩みより話しかけた。
「初めまして、私、芙馬ふま朱璃。由騎夜の…親友といったところかしら」
「海緑蓮花です」
「かわいい名前ね。顔も可愛いし!・・・」
突然、朱璃は黙ってしまった。
それも当然。由騎夜が音も立てずに後ろに立っていたから。
「朱璃。何をやったのかと聞いている」
朱璃はふてぶてとして答えた。
「…ただ、緋耶牙が真っ昼間から、人のこと押し倒そうとしたから・・・」
「したから・・・?」
「急所に蹴りいれて逃げてきたの。それだけよ」
つくづく・・・危ない女である。が、まずかった。
その会話は、実に刺激が強いものだったらしい。蓮花の顔がゆでタコの様になっていた。
「あら?ごめんなさい。少々、刺激が強かったみたい…ね?」
朱璃はからかうようにそう言うと、じゃね、と手を振って帰っていった。
「あの・・・ごめん。いつも、あんな調子なんだ、あいつ。悪い奴ではないんだけれど…」
由騎夜は弁解するようにそう言った。
それから一時間して二人は宿屋に帰った。


2010/01/26(past up unknown)


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