煌く綺羅の夜 -第四章 川の流れのように-


「少なくとも、問答遊びユーピロエスでは負かされたことはない。知り合いの中では一番だとは自負できる。
…まぁ、父上シス・ソウル陛下クトアスには反論できないことが多かったけど。」
問答遊び≠ニいう言葉は話の流れから鎧綺にも理解できたが、シス・ソゥル≠竍クトアス≠ノなるとさっぱりだった。
「…クトアスって、あんたの友だちか?シスソールっていうのも」
その時、ヨーシュがぎょっとするのを見逃さなかった。
「まさか!!そん……シス・ソゥルというのは、父親の敬称だ。友だちなんかじゃ…」
「クトアスは?」
「……上官のことをいう」
ヨーシュは嘘をついた。その横に由騎夜がさり気なく座る。
「由騎夜君」
「はい」
「近くの町まで、どのくらいかかるのかわかるかい?」
「歩いて…三日半くらいですね」
「三日半・・・そうか。ありがとう」
行っちゃうんですかぁ!?
ばんっ!という音と共に――というわけでもないが――蓮花があらわれた。
由騎夜とヨーシュの間に割って入るように、テーブルに手をついた彼女は目をうるませる。
「なんで、行っちゃうんですかぁっ!?もう?」
「い、いや、まだ出発はできないよ。眼もこんなだし…」
「そうだ!その目、どうしたんですか!?痛そうですよ!うにゅう〜」
本格的に蓮花の目がうるむので、ヨーシュは慌てた。
「あ、いや…大丈夫だよ。たいしたことじゃないから…」
「本当ですか!?痛くないんですかッ!?」
蓮花がなぜこうもムキになるのかはわからない男三人だったが、剣幕におされてヨーシュは椅子からずり落ちそうになっている。
あまりの困惑――というか汗だくの客人が気の毒に思えて、由騎夜は言った。
「あの…」
「はい?」
その場でくるんと蓮花は回転する。今度は由騎夜がしどろもどろする番だった。
白緑色の瞳から微妙に目をそらしながら、由騎夜。
「…その、彼の目は大丈夫だと思う…よ」
実は本音と裏腹のことで、深さはわからないが大丈夫ではない気がする。
「ほんとかよ」
鎧綺がぼそりと呟いた。蓮花には聞こえていないようだが、由騎夜は兄を非難するような目つきで見た。鎧綺は無視している。
「ほんとうですか?」
「あ、…あぁ……」
納得しかけている蓮花に由騎夜は念を押した。しかし、それはやってはいけなかったかもしれない。
勢いよく蓮花はふりむき
「ヨーシュさん!」
「え、うわあっ!?」
派手な音を立てて、ヨーシュは椅子から転げ落ちた―――蓮花と共に。
「蓮……!!」
彼女の名前を呼びそうになったことにも赤面した由騎夜をさらに不幸(かどうかは人によるが)が襲った!
そして、由騎夜は蓮花の見てはいけない角度から目をそらした。
「○◆△★◇☆●▽!!!」
鎧綺は声にならない叫び声をあげた。
なにせ、傍から見れば蓮花がヨーシュを押し倒しているのだから、鎧綺にとってはとても羨ましいことだった。
「れんちゃん、いきなりどうした・・・」
ちょうどそこへ、煌瑚が入ってきた。
理解不能な言葉を叫んでいる鎧綺を見、赤面しつつ顔を背けている由騎夜、押し倒されているヨーシュ、押し倒している蓮花、と順に見て
口に手をやり、煌瑚が一言。
「まぁ、れんちゃんったら、積極的ね」
「ちっ、違いますよぉっ」
蓮花は顔を赤らめつつ、急いで体を起こして立ち上がった。
「恥ずかしがっちゃって、いいのよ、わかってるから」
煌瑚はそう言って、台所へと戻っていった。
「あぁっ、待ってください!違いますって」
蓮花は、煌瑚を追って部屋を出て行った。
不幸な男三人をその場に残して・・・。


「煌瑚さん!」
蓮花が台所に入ると、目の前に玉ねぎがあった。
「た、たまねぎ?」
「お手伝いしてくれるんでしょ?」
煌瑚はにっこり笑って玉ねぎと包丁を蓮花に手渡した。
「え、あ、はぁ…」
蓮花は何故か煌瑚の笑顔に丸め込まれて、玉ねぎと包丁を受け取っていた。
「野菜炒めにするから、適当な大きさに切ってね」
「はぁ…」
「私は肉をいためてるから、そこで切って」
蓮花はしばらく、煌瑚に言われたとおりに玉ねぎを切っていた。泣きながら。
「煌瑚さ〜〜〜〜ん…切り終わりましたぁ」
目からぼろぼろ涙を流しながら、玉ねぎを切り終わったことを煌瑚につげた。
「ありがと、次はじゃがいも、お願いね。スープにするから」
「はぁ〜〜い〜〜」
蓮花は言われたとおり、今度はじゃがいもを切り始めた。
じゃがいもを切り終えると、今度はレタスを洗い、にんじんを切って、皿を洗った。
そして、あとはスープを煮込むだけとなった。
「れんちゃん、ありがとう。もう少しで夕食だからね」
煌瑚はスープをかき回しながら言った。
あたりに、スープのいいにおいが漂ってくる。
「わぁ、おいしそうですね。いつも煌瑚さんが家事をしてるんですか?」
「まぁね。あの二人がエプロン着てるとこなんて想像できないし、あんまりしたくないけどね」
「でも、意外とかわいいかもしれませんよ」
蓮花は笑っていった。
「……でも、あの二人はしてくれないわよ、きっと」
煌瑚は肩をすくめた。
「あの……そういえば、ご両親は…?」
蓮花は少し、控えめに言った。
煌瑚の、スープをかき回していた手が止まった。
一瞬だけ、煌瑚の顔から表情が消えた。しかし、それは一瞬だけで、蓮花は気づかなかった。
「煌瑚さん…?あ…あの…言いにくいのなら……」
「別になんでもないわよ。二人とも健在よ。二人とも遠い街に商売しに行ってるわ」
顔は、笑っていたが、目だけは笑ってなかった。
「あ、そうなんですか」
「れんちゃんは?」
煌瑚はスープをまた、かき回し始めた。
「え・・・・・?」
「れんちゃんのご両親は?」
「…しばらく(本当はだいぶ)会ってませんけど…たぶん元気だと思います…」
蓮花は少し、寂しげに笑って言った。
煌瑚は蓮花の頭を、ぽむぽむと、優しくたたいた。
「?煌瑚さん?」
蓮花は、不思議そうに煌瑚を見た。
「れんちゃんて、可愛いわね。鎧綺けだものに襲われないように気をつけてね」
にっこり笑って煌瑚は言った。
しかし、蓮花には意味がわからなかった。

一方、不幸な男三人は―――。
とりあえず、無言でそれぞれの部屋へと戻っていった。
実は問答遊びを始めるところであったという事実は、数分後、三人がそれぞれに思い出す。
だが、誰一人として食堂に戻ろうとはしなかった。

  <第四章 終>


2010/01/26(past up unknown)


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