煌く綺羅の夜 -第五章 過去の断片-


―夢を見た―

「天紅、どこ?」
まだカーテンの閉まっている暗い自室で、蓮花は小さな声を出した。
天紅は、枕の横にいた。
声を聞くなり、嬉しそうに蓮花の頭上へと飛ぶ。
「天紅…」
蓮花は、そっと天紅を胸に抱いた。
不安気だった表情は、安堵へと変わる。
「何かね、寂しくなったの…大丈夫なのにね、もう。わたし、一人じゃないのに、ね…」
蓮花の言葉を、天紅は理解していない。
だが何となく、蓮花の不安が伝わったのか――。天紅は、蓮花を励ますかのように、頬にすりよった。
カーテンの後ろから、光はもれていない。
日などまだ上がっていない。そんな時間だった。

テラスの風は静かだ。
暑い昼とは打って変わって、珍しく涼しい夜である。
蓮花は長寝衣ネグリジェ姿のまま、テラスへと出る。
長寝衣は煌湖の手作りだが―それは、とりあえずどうでもいい。
気付くと、手摺に誰かが寄りかかっていた。
風になびくのは、夜闇に映える美しい白銀の髪。
夜空色の双眸は…一体、何処を見ているのだろう。
星空か、それとも。
「ヨーシュ…さん?」
呼びかけると、ヨーシュはゆっくり振り向いた。
「…蓮花さん、どうしました?こんな夜半に」
「いえ、何でもないんです。ただ、夢を見て、眠る気になれなくて…」
蓮花は、白い長椅子に腰掛ける。
「・・・夢?」
「何故か、昔の夢を見たんです。さっき、煌湖さんと両親の話をしていたからだと思うんですけど」
「御両親と何かあったのかい?あ…いや、話したくなければ別にいいんだが」
「色々あって、もう…十年以上会ってないんです。ただ、それだけ」
「そうか…」
蓮花はそれ以上話さなかった。
『色々』とは、何があったのか―――ここでそれを聞くというのは、馬鹿というものである。
どこか寂しげな白緑色の双眸が、それ以上の追求を否定していた。
「…私も、夢を見た」
「ヨーシュさんも、ですか?」
「誰かは分からないが、知っている女性が私を呼ぶんだ。・・・それで私は、その人の所へ――その瞬間、終わる…そんな、夢」
「そう、ですか…夢って、何か不思議ですよね」
「…そうだね」
夏の星空は、美しい。
仰げばもう、それしか見えなくなる。
降るような輝ける星々。
いつしか二人は黙って、その空を見上げていた。

―そのころ天紅は、蓮花のベッドの中央で眠っていた。

―…冷えてきたな―
暗さは一層、増したようでもある。
「蓮花さん、そろそろ…」
振り向きざまに言いかけて、ヨーシュは口を噤んだ。
蓮花は瞳を閉じ…静かに眠っている。
音を立てないように、ヨーシュはそのそばへと寄った。
―起こすのは可哀相だし、かといって置いていく訳にもいかないし…―
安らかな寝顔。
ヨーシュの口元が少しだけ、ほころんだ。
そっと、蓮花を抱き上げる。
俗に言う、『お姫様だっこ』である。
蓮花の体は、温かかった。
「…おにいちゃん」
不意に服をつかまれ、ヨーシュは一瞬たじろいだが、寝言とわかるとそのままテラスを出た。
―おにいちゃん、か…―
二、三歩進み―その歩みが止まった。
―蓮花さんの部屋は、どこだ…?―
どの部屋か、はおろか、一階なのか二階なのかも分からない。
―まいったな…この時間じゃ、誰も起きていないだろうし―
廊下は静まりかえり、人の気配は全くない。
明りがついているため真っ暗ではないが――そんな事はこの場合とは全く関係ない。
ヨーシュはテラス真向かいの自分の部屋へ入り、蓮花をベッドに寝かせた。
蓮花の顔にかかった髪を、そっとはらってやる。
その様子はまるで、愛する妹に接する兄。
「おやすみ」
ヨーシュは外套を羽織り、そう言い残して部屋を出た。
階段を一階へと降り、玄関へと出る。
真夜中の村見学というのも、それなりに洒落ているのではないだろうか。
そんなことを考えながら、夜の村へとヨーシュの姿は消えていった。

その頃、蓮花は夢の住人となりヨーシュの部屋のベッドで、規則正しい寝息を立て眠っていた。



波の音。おだやかな波の音が聞こえる。
金属がぶつかりあう音。人の叫び声。くるったような高笑い。
肉を斬る音。人を殴る音。そして―――


      「・・・こう・・・・・・こ・・・」


煌瑚は眠っている頭を無理矢理起こした。
あの、声は、母だった。父とともに別の大陸と貿易をする、といって旅立っていった母。
きっと、いや、確実に、母は死んだ。そして、父も。
私のことを疎んでいた、あの二人が死んだ。
いい気味だ。
笑おうとした。
しかし、笑えなかった。顔がひきつり、頬を冷たいものがすべり落ちていった。
「……涙…?…なん……で……」
わからなかった。自分はあの二人のことをうらんでいるはずなのに、なぜ、涙が流れるのか。
自分の気持ちが理解できなかった。

そして夜は更けていく。
  <第五章 終>


2010/01/26(past up unknown)


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