煌く綺羅の夜 -第六章 小波立ちて大波来たる1-


―――それは繰り返し見る夢だった。
いつも同じ場所。大好きな色とりどりの白草ファーエリの花の庭。
白草の花はそれぞれ色によって名が違う。一番好きなのは、紫の白草だった。
風が色鮮やかな白草の花びらを舞わせる。
名を呼ばれた気がして、振り向くと、女性が立っている。
―――ヨーシュ、おいで―――女性が言った。
その女性に名を呼ばれるのは嬉しかった。思い切り、地を蹴って走る。
風に白銀の髪と純白の長衣の裾がふわりと揺れる。女性は美しい微笑みを浮かべる。
差しのべられた彼女の両手は温かそうだった。彼女の体がゆっくりと倒れていく。
がくん、と視界がぶれて地面と近くなってから大きく歪んだ。
まわりがぼやけて、見えるのは赤だけ…赤だけ―――――

朝の森に響くのは木々のざわめきと、小鳥たちのさえずり。そして。
「ん―、空気がおいし―」
草を踏みしめながらそう言ったのは、一人の女だった。朱色の髪を肩まで伸ばし、淡い水色の服に身を包んでいる。顔はなかなかの美人である。
彼女の双眸があるものをとらえた。
「…あれ……人…?」
彼女――朱璃はある木からはみ出たように投げだされている、人間の足らしきものを発見した。
(…死体かな)
そう思うと足は元来た道へ動きかけた。朝から血だらけかもしれない人間を見て気分を悪くする必要はない―――が。彼女は足を動かした。
木の前まで来て、足を止める。鼻をきかせてみても、異臭みたいなものはない。
(じゃ、死体じゃないわよね。きっと)
わりと呆気なく、朱璃は足の持ち主を覗き見た。
その人間は死体ではなかった。代わりに、眠っているようだった。
(へぇ、いい男じゃない…)
朱璃は眠っている男の横に座り込んだ。
木の根元に紺色の布を枕がわりにしている男は明らかに、異国の人間である。
色素のうすい白銀の髪は朝露のせいで少し湿っていた。
不意に彼の頬を露以外に濡らしたものがあった。
(――泣いてる…?)
朱璃はスカートのポケットから手布ハンカチを取り出して、男の涙を拭おうとした。
手布の一部が肌に触れたとき。
男の目が開かれのと、彼の体が翻ったのはほぼ同時だった。
意に反して、男は鋭くこちらを一瞥―――警戒の眼差しだ。
それが解かれたのも、すぐだった。男はきょとんと二、三度まばたきをした。
「えーと……」
困惑しているようである。朱璃はわざと彼を凝視した――無言で。
「…あの……その…」
「……」
「あー………っと、どちら様で…?」
さらに、朱璃は睨まれたお返しにむっつりしながら答えた。
「人に名を訊ねる時は、自分からまず名乗らない?」
「これは…っと、失礼。私は、レイ=ヨーシュ」
戸惑いつつ、男は言った。その表情は一瞬見せた鋭さとは無縁のものである。
「…で、君は…」
「朱璃。芙馬朱璃よ。よろしく」
にっこりと朱璃は笑った。ついでに指摘してみる。
「ねぇ。あなた泣いてたみたいだけど、眠りながら」
「えっ…本当かい?それ」
朱璃は「本当よ」と言いつつ、手布を差し出した。ヨーシュは断って、無造作に手で拭った。
朱璃は立ち上がってから、訊ねる。
「ヨーシュ、よね?あなた、こんなところで何してるの?」
「ええ、まぁ…寝場所を譲ってしまってね…――……?」
木々のざわめきが少し騒がしくなり、ヨーシュは目を細めて、小さく呟く。
「…何かが…来る…?…」
彼の口から紡がれた不思議な響きに朱璃は驚き目を見開いた。


2010/01/26(past up unknown)


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