煌く綺羅の夜 -第七章 小波立ちて大波来たる2-


「あ―っ!!れんげおねえちゃんだ―!!」
甲高い―だが耳障りという訳ではない、子供の声。
「こんにちは。この前も会ったよね。今日はどうしたの?」
「あのねー、おにごっこしてたら、ころんで、ちがでたの。だからおくすりをせんせーにもらいにきたの」
少年は何故か誇らしげに、軽く擦り剥いた傷口を蓮花の目前に出した。
「血が出たのに泣かなかったんだ。えらいね」
「だって、ぼくもう ろく さいだもん!!」
そう言ってはいるが、目には涙がたまっている。
必死に我慢している姿が何とも可愛らしく、蓮花はくすり、と笑った。
「ねぇ、お姉ちゃんがおまじないしてあげよっか?」
「おまじない?」
「そう、おまじない」
言って、少年の擦り剥いた傷口に手をかざす。
「はやく元気になーぁれ!!はい、いいよ!」
蓮花が手を離すと同時に、傷は跡形もなく消えていた。
「うわぁ、おねえちゃん すご――い!!ありがと――!!」
少年は嬉しそうに、診療所を出ていく。
蓮花は笑って、見送った。
蓮花が座っているのは、診療所の受付――訪れた人が、冊子に名前を書いていく場所だ。
人が通る。
ある人は素通りし、ある人は笑いかけて、またある人は話しかけてくれる。
ただそれだけのことが楽しい。

入ってきたのは、軽い風邪にかかった、という緋耶牙。
もっとも、その風邪はほとんど治っているようにしか見えない。
今日は、念のため、なのだろうか。
「いや…由騎夜、やっぱり花があるっていいな」
「・・・・・・花?」
そんなものを飾った覚えはない。
「受付嬢だよ、蓮花ちゃんのことさ」
「・・・・・・・・えっ・・・」
「いやー可愛いねぇ。ホント可愛い」
「・・・はぁ・・・」
空返事を返す。
どんな返答を求めているというのだろう。
「あんないい子、滅多にいないぞ。由騎夜」
「はぁ・・・」
「あの子、いつまでいるんだ?」
「・・・・・・いつまで・・・・・・?」
突飛な質問。
由騎夜は、黙る他なかった。
(俺は…何も知らない)
そう、何も知らないのだ。
数日前に杜樂へやって来た。海緑蓮花、17歳の女の子。
それ以外、何も。
どこから来たのか、どうやって来たのか――いつまでここにいるのか。
何も知らない、知らされていない・・・いや、聞かなかった。
「…由騎夜、どうした?まさか、知らないとか言うんじゃないだろうな?」
「…知らない」
緋耶牙は呆れたように、溜息をついた。
「お前がちゃんとしないと、また鎧綺にとられるか、どっかに行っちまうぞ」
「・・・・・・・・・」
「今日の朝ごろから、真っ黒い変な奴がうろついてるらしいから、十分、気をつけとけよ」
「・・・黒い、変な奴?」
「俺が見た訳じゃないけど、この暑いのに、黒ずくめ、つーか魔導師っぽい奴って話だ」
「わかった、ありがとう」
出ていく緋耶牙を見送るなり、由騎夜の表情が暗くなる。
「そうだ・・・俺は何も・・・知らない」
小さな呟きを聞く者は、いない。


(何だろう・・・近い、というかもう来ている)
「ねぇ、ヨーシュ…どうかした?」
朱璃は、表情を硬くしたヨーシュを見つめる。
ヨーシュは答えない。
その時、感じたのだ。
ぞっとする程に強い、紛れもない魔力≠。
「あのさ・・・大丈夫?」
「朱璃さん、ここに魔力の強い人はいるかい?どこかに旅行している人だとか…」
「いないわ。由騎夜と鎧綺ぐらいね、分かるでしょ?宿屋の」
「―あぁ、二人とも知っている。だとしたら、ここの人間ではないな」
「―ねぇ、さっき何か来るって言わなかった?何か来るの?何が?」
(…宿屋に戻るか)
「え、ちょ・・・」
言い終わらないうちに、ヨーシュの姿は見えなくなった。
(訳あり・・・かな?)
何だかよく分からないが、文句は後で全て鎧綺にぶつけることにして、朱璃は、その場を去ることにした。

2010/01/26(past up unknown)


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