煌く綺羅の夜 -第七章 小波立ちて大波来たる2- 煌瑚は考え込んでいた。 またしても、心の声≠ェ聞こえなかったのだ――ある単語を除いて。 客だというその男は、二階にいる。 宿帳には、丁寧な字で『四葉』とだけ書かれていた。 (よつば…じゃないわね、多分、 珍しい名だ―関係ないが、そんなことを考える。 珍しい、といえば、ここ数日間の客の入りだ。 一週間にうちに三人、うち一人は従業員だが。 これは、山々に囲まれた杜樂にとって、多い。 今来た客も、旅人なのだろうか。 ―それにしては、いささか暑すぎる格好だった。 夏だというのに、黒のマント。 その下にも、また黒い法衣だ。 ほぼ確実に魔導師だろうが―とにかく暑苦しい。 宿帳を机上に置き、今日の昼は何を食べようか、などと思いつつ何気なく鎧綺を見る。 当の鎧綺は、右の肘を机にたて、手に顔をのせて、考え込むようにして座っていた。 大した意味もなく―こういう場合は、声をかけるのだろう。煌湖は言った。 「どうかした?」 鎧綺は我に返ったように、顔を上げる。 「あ、いや…さっきの客が」 扉が顔を直撃したことでも、怒っているのだろうか。 「客が…何よ?」 「魔力強いな、と思って」 「ふうん…」 魔力≠ニいうものが、どういったものであるか、煌湖は知らない。 鎧綺と由騎夜にはあるが、何故か煌湖にはないのだ。 従って、それが強いも弱いも訳が分からない。 「あんだけ強いのは、そうはいないと思うけどな」 「そう」 何となく思いついて――自分でも馬鹿げている、と思いながらも煌湖はさらに言った。 「ねぇ、四葉≠チて知ってる?」 だが鎧綺は、普通に答えた。 「四葉って、伽代四葉か?」 「…伽代?」 伽代とは、大都市鳳梭≠治める家の名ではなかったか。 「聞いたのはそっちだろ…四葉なんて名前、そんないないだろ」 確かにそうだ、と思いつつ、煌瑚は鎧綺の前へ移動した。 「で、どんな人な訳?」 「どんな、って顔とか知らないし……俺が行ってた魔法学校でもちょっとした話題になってて… 鳳梭にある魔法学校の総本山つーか、一番レベルの高い学校を、首席で入学・卒業したらしいけど。 今の伽代家当主の駿模って奴の息子だよ。要は時期当主」 「鳳梭の、ね」 言われてみると、そんな話を聞いたことがあった気がした。 ―そして、もう一つ、思い出したことがある。 とある旅人から聞いた、伽代家に監禁されている癒しの力≠フ使い手のことだ。 話は、頭の中で一つにまとまった。 鎧綺の話を聞く限り、ぞっとしない話だが。 最初は、花か何かのことだと思った。 だが。 唯一聞き取れた四葉の心の声――『蓮花』は、この場合――。 そんな煌湖の考えとは裏腹に、階段を降りてきた四葉は至って普通だった。 「すみません…水いただけないでしょうか、喉が渇いて」 そう言って四葉は煌湖から水を貰うと、ちょっと探しものがあるので≠ニ村へと出かけて行った。 (…また、何も読めなかった…) ヨーシュが宿屋に帰ってきたのは、四葉が村へ出かけてすぐのこと。 「あら?帰ってきたの?でも、朝帰りとは…いい度胸ね…」 煌瑚の第一声はこんな言葉だったが、その口調にはどことなく普段の元気さがみえなかった。 ヨーシュは、そんな煌瑚も気にはなったのだがそれよりも――魔力。 とても強い魔力の持ち主の方が気になってどうにもならなかった。 そして、控えめに煌瑚に訊ねてみたのだった。 「あの、煌瑚さん…人が来ませんでしたか?ここに」 「人?あー来たわ。…どうしようもないの五人と客が一人」 「客?男ですか?」 「ええ、そうよ。それがどうしたっていうの?」 「あ、いえ…いいんですが…」 「何よ。はっきりしないわね」 ここで鎧綺が口を挟んだ。 「あんたも分かってるんだろ?とても強い 「あぁ…君も感じているのか…?」 「少しでも魔力のある奴なら分かってるはずだ。で、誰が来たか知りたいか?」 ヨーシュは無言だった。それが先を促すことを言っているのは明白だった。 「伽代四葉が来た…」 (伽代…?どこかで耳にした名だが…) そう思っても、ヨーシュは思い出せなかった。 その時、由騎夜は屋外に出ていた。 そう蓮花と出会った森に蓮花も連れて、薬草を採りにきていた。 とはいうもの、蓮花は薬草など分からないので、ただ草花を摘んでいるが。 そろそろ戻ろう、と思ったその時、由騎夜は強い魔力を感じた…。 それは咲那の魔法学校にいた時にたびたび感じたものに、酷似していた。 (まさ、か…?) 由騎夜は何とも言えない気持ちのまま、蓮花に声をかけた。 「(赤面しながら)…あの、そろそろ…戻ろうか…」 蓮花は話しかけられて嬉しそうである――ただ、単純に話しかけられたということが嬉しいのだが。 「由騎夜さん、あの…」 「…何?」 ようやく、この頃少しは蓮花とも普通に話せるようになった由騎夜である。 「ここの森って、いつ来てもいいんですか?」 (ここが気に入ったのか…) 「あぁ、別に構わないけど…夜は近づかない方がいい。危ないから」 「そうなんですか、わかりました」 由騎夜は珍しく微笑み、そのまま踵を返していた。 蓮花は、由騎夜の後ろに続いていた。微笑みながら。 由騎夜はこのところ、微笑むことが多くなった。 本人は自覚していないが…蓮花が関係していることが多い。 そして、この時、由騎夜は自分の身にこれから何が起きるのか、まだ知らずにいた…。 2010/01/26(past up unknown) ← → 煌綺羅 TOP |