煌く綺羅の夜 -第七章 小波立ちて大波来たる2-


煌瑚はヨーシュが宿の外へ出ていくのを、黙って見ていた。
いや黙っていたのではない。何も言えなかった。動けなかった。
化物は、わたし。人間ではないのは、わたし。
なんだか、目の前が暗くなった気がした。
胸が、苦しかった。
煌瑚は、深く息を吐いた。
ここに、いたくなかった。この場所に。どこか遠く、誰もいない所に…。
静かな…場所へ…。
煌瑚は、ふらふらと何かにつかれるように、裏口から出て行った。
ふと宿屋に鎧綺しかいなくなると思ったが、どうせ客はこないだろうと思いなおした。
足は自然に森の方へと向かっていた。
自然の動物達はいい。
ただ、生きることだけを考えている。人間のように、うるさくない。
ただ、本能のままに生きている。
だから、動物は好きだった。
今は、何も考えたくなかった。考えれば考えるほど深みにはまり、
自分の中で何かが壊れていくような気がしてならなかった。
今日は、もう誰にも会いたくなかった。会えば、きっとぼろを出す。
自分が何を言い出すかわからない。
自分ではない自分がいるようだった。
ふと気がつくと、もう森の中に入っていた。
気づけば、息が切れている。気づかずに、走っていたらしかった。
煌瑚は、深くため息を吐いた。
一日くらい、夕飯を作らなくてもいいだろう。
お腹が空いたなら、どこかに食べに行けばいい。
そう自分を納得させ、一晩、森で過ごすことに決めた。
夜の森はあぶないが、今、人と会うよりはずいぶんとましなように思えた。

「……お帰り」
出迎えたのは―と言っても声だけだが―むすっとした顔の鎧綺。
机に肘をついた、先程と同じ格好のままだ。
「鎧綺さん…あの、煌瑚さんは?」
「さぁ、さっき出て行ったきり…森の方向っぽかったけど、会わなかったのか」
「会ってないですけど、森って、もう暗くなってきてるのに…」
由騎夜とともに宿に入った蓮花は、窓から外を見た。
橙の日は山の向こうへと沈み、空は薄暗くなりつつある。
涼しいという点を除いて、森を歩くのに適した時間とは言えない。
「まぁ、心配って言えば心配なんだけどな、そのうち帰ってくるんじゃないか?」
「でも、煌瑚さん……わたし、探して来ます!」
「待っ―」
由騎夜は、走り出そうとした蓮花の手を咄嗟につかみ――離す。
鎧綺は、まさか由騎夜がそんなことをするとは思わなかったのか、気の抜けた表情で二人を見た。
「由騎夜さん?」
「あ…その、俺が行くから
「だったら、わたしも行きます」
「いや、俺一人で大丈夫だから…」
言って出て行く由騎夜を、蓮花は見送る。
「煌瑚さんも、由騎夜さんも、何事もなく帰ってくればいいですね」
「あの二人なら平気だと思うけどな、普通に」
笑った鎧綺を見て、蓮花は少しだけ安堵の表情を見せた。
「そうだ蓮花ちゃん、今日、新しい客が来たんだ」
「えっ、本当ですか!?どんな人ですか?」
「今はどっか出かけてるけど、背が高くて…あと前髪も長かったな」
「へぇ・・・」
蓮花が自分の隣に座ったのを見て、鎧綺は続ける。
「目は…そうだな、水晶色だった。髪は黒かったし・・・」
「水晶色、ですか?」
「あぁ、前髪長くてよくわからなかったけど…どうかしたか?」
「いえ、何でもないんです。それよりヨーシュさんは?」
「さっきから…」
言いかけて鎧綺は、はたと気づいた。
姉は森の方へ行って戻ってこない。
弟はその姉を追っている。
客その二―四葉は村を見に行っているようだし、客その一―ヨーシュも何処かへ出かけている。
「出かけてまだ、戻ってないよ」
要するに、自分と蓮花の二人しか宿にいない、ということに。

それなりにいい村だと、四葉は思った。
常に静かで、ゆったりした時間が流れている。
それがこれからも続くかどうかは、微妙な、というか否というか。
先程会った―名前も知らないが―間抜け男と自分。
そして蓮花。
小波などでは済みはしない。
大波を村に呼び込むのに十分すぎる存在があるのだから。

―そして、その存在は、三人だけではない。

  <第七章 終>

2010/01/26(past up unknown)


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