煌く綺羅の夜 -第八章 大波到来!?波乱の予感!?-


弦はふるえて、音を奏でる。
「うまいねぇ、お客さん」
マスターは心からそう述べていた。
銀髪の客人は整った顔に笑みを浮かべる。リュートを奏でる手を止めて彼は言った。
「ありがとう。でも…この楽器もいい音ですよ」
彼はそう言うと、おもむろにリュートをかき鳴らす。即興らしい旋律は時々、ふっと途切れたりもしたが、優雅な曲調であった。
「お客さん、ひょっとして吟遊詩人か何かかい?」
「本職ではありませんが…請われれば、歌うこともあります」
「…本職は?」
カウンターに座り、背を向けていた―ヨーシュに対して―黒髪の青年が呟いた。
ヨーシュの首が小さく傾く。
「今は、商人みたいなものだな。売り物は品、という訳じゃないが」
「……昔は?」
四葉はほとんど間をあけずに聞いた。その口調には慎しみというものは皆無だ。
「騎士だった…」
リュートを奏でる指がゆっくり止まる。
「…やはりな」
四葉の言葉に、ヨーシュは目を少し見開いて訊ねた。
「もう、二年経ってるんだが、まだ、そう見えるのかな?」
「見えない」四葉はきっぱりと保証してから「クセが抜けきってない…あと…隙がなさすぎるのがな」
「うん。気のない評価をありがとう」
「別に」
ヨーシュは気をとりなおして、故郷に伝わる神曲の一つでも弾こうとした。
バタン!―――と乱暴にドアが開かれた。
入ってきたのは、村の若い女達のリーダーの維眞祢音だった。
祢音は酒場の中をぐるりと見渡すと、ため息を吐いた。
「まさか、あの子がこんな所にいるわけないわね…」
そう呟き、またため息を吐いた。
「どうかしたのかい、祢音」
マスターは、入り口に立ったままの祢音に声をかけた。
「…何でもないわ。ただ、夕食の時間なのに稚林が帰ってこないから探してるだけよ」
祢音は不機嫌そうに言って、ふと、見慣れぬ男がいるのに気が付いた。
(あらいい男。でも…鎧綺くんのほうが若さがあっていいわね)
祢音はそんなことを思いながら、見慣れぬ男を観察する。
髪は銀色だった。この村にも、一人だけ銀髪の男―つまりは由騎夜だが―は居るが、それとは明らかに違った。
そして、瞳は、この村では一度も見たことがない色だった。暗い青色。そう、例えるならば、夜の空の色のような。
そこで祢音は、はっとした。
銀髪で、夜空色の瞳をした人物。
祢音は顔に笑みを浮かべて、その人物―ヨーシュ―に近寄った。
一方、ヨーシュのほうはといえば、突然ドアが開いたと思うと、
棕絽家の双子と同年代らしき女性が入ってきて、マスターと言葉を交したあと、自分のほうをじっと見つめ、
そうかと思えば、何かよからぬことでも考えているような笑みを浮かべながら、自分に近寄ってくるので、少し困惑していた。
「ねぇ、あなた、旅人さんでしょう?」
祢音は、座っているヨーシュの顔をのぞきこみながら言った。
「ああ、そうだが…何か?」
「もちろん、あの・・宿屋に泊まってるのよね」
祢音はわざとらしく、ため息を吐いた。
「あそこはやめておいたほうがいいわ。あそこの双子の兄弟はいいんだけど、姉がねぇ……化物だから…」
そこまで言うと、あたりをきょろきょろ見回し、声をひそめて言った。
「実はね、あの宿屋に泊まった旅人は必ず行方不明になるのよ。だから、今のうちに出て行ったほうがいいわよ。
 あ、まだ出ていけない理由があるのなら、私の家に泊めてあげるわよ」
祢音はにっこり笑って言った。
祢音の言葉を信じた、という訳ではない。それは有り得ないと頭はすぐに否定した。
気になるのは何故そんなことを言うのか。
煌瑚を思い出した。
自分を見たときの、辛そうな表情。
祢音は化物≠ニ言った――。
「いや、私は大丈夫だ。心配には及ばないよ」
ヨーシュは、笑顔を作った。
それは祢音を魅了する程美しい。
「で・・・でも・・・」
「そろそろ戻りませんか」
言いかけた祢音を遮るように、席を立ったのは――四葉。
ヨーシュはがらりと口調の変わった四葉を驚いて見た。
口元が笑っている。だがそれは引きつっているように見えた。
理由は分からないが、どうやら助け船を出してくれたらしい。
「・・・ああ、そうしようか」
ヨーシュは、完璧な笑いを返した。


「その、あなたの名前は?前に来たときはいなかったと…」
「え…っと、私、蓮花です。海緑蓮花。一週間ぐらい前に来ました」
稚林は微笑む。
蓮花はややためらった後、言った。
「…稚林さん、ですよね…」
「はい」
「…………ちーちゃん≠チて、呼んでもいいですか!?」
「えっ?」
蓮花の顔は真っ赤になっている。
杜樂に来て初めて会った、同年代と思われる同性だ。
それだけでなく、何となく気が合いそうで、仲良くなりたかった。
「じゃあ…れんちゃん≠チて呼んでいいですか?」
「は、はい!!」
先程と同じように、笑いあう蓮花と稚林。
通りすぎざまに二人を見た鎧綺は、ふと思った。
(へぇ、稚林が笑ってる…そういや初めて見たな)
だからどうという訳でもなく、鎧綺はそのまま通りすぎていった。
「そうだ、れんちゃん。明後日にお祭りがあるんですけど…」
「お祭り!?」
蓮花の目がまた輝く。
「良かったら、一緒に行きませんか?」
「いいんですか!?行きます!!」
言って蓮花は、はたと止まった。
「あ…でも、煌瑚さんに聞いてみないと…」
「煌瑚さんに…?」
「私、ここで働かせてもらってるんです」
「ここで・・・・・・?」
稚林の表情が―前髪のせいで元々よくは見えないが―陰ったように見えた。
「…ちーちゃん?」
「…羨ましいな…」
「・・・?」
蓮花は首をかしげる。
「あ、な、何でもないです!!……その…この野菜切らないと」
言って稚林は、料理を再開した。
顔が赤くなっているように見えたのは、蓮花の気のせいではないだろう。

2010/01/26(past up unknown)


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