煌く綺羅の夜 -第九章 試練の嵐-


由騎夜は診療所にいた。
一人で落ち着きたいときは、ここが一番いい。
自分の…第二の部屋のようなこの場所は、由騎夜にとって憩いの場だった。
不意に、そこへ感じなれた―しかし、この村の人のものではない―気が近づいてきた。
それは、次の瞬間、由騎夜の目の前にいた。
「し、師匠!?」
「ヨォ!元気だったか、由騎夜!!」
その人は、ウェーブのかかった腰まである暗紫色の髪を無造作に束ねて、由騎夜を見据えていた。
由騎夜の瞳は驚きで見開かれている。
「ど、ど、どうしてこの村にいるんですか!?」
「飛んで来たから居るだろ。今回は歩いてなんて来てないぞ!疲れるからな」
「いえ、そうではなく…理由です、理由!」
「あぁ、理由か?…お前を迎えに来たんだが」
「え?今、何て…?」
「だから、お前を迎えに来たんだ!」
「はい?なんですか、それは」
「なんですか、じゃない」
「じゃあ、どうしてですか。なんで、僕が?」
「昨日、占ってお前が一番、成長してるって出たんでな」
「師匠…だから、何で僕を連れていく必要があるんです!!」
由騎夜は師、ダラム=デス=デービルのボケぶりに怒りを覚えたが、それはすぐに消え…呆れに変わった。
「まぁ、いいです。話は聞きますから、そこへ座って待っててください。今、お茶淹れてきますから」
「ありがとう」
ダラムはそう言うと、勧められた椅子に腰掛けた。
「…由騎夜は、やはり扱いやすいな…フッ…」
ダラムが由騎夜の元に来たのは、これが一番の理由だった…。
「はい、師匠。熱いから気をつけてくださいよ。で、何があったんですか、咲那で」
「ぶバァッ!!?」
ダラムは突然、お茶の霧を吹き出した。
「…何やってんですか、あなたは…」
由騎夜は呆然と呟きつつ、布をダラムに差し出した。
それで顔の茶を拭きとりながら、彼はごく当然のように言った。
「お茶が熱いことをだ、湯呑みに口をつける寸前に忘れただけだ。気にすんな」
「……で、話は何ですか?」
「この茶、うまいなぁ…」
「・・・師しょ」
「で、話というのは……って、ちょっと待て。由騎夜。何故、師匠である俺を椅子ごと引きずるんだ?このまま行くと外に出ちゃうよーな気が…」
「その予定ですから」
素気なく由騎夜は答えた。その両肩が叩かれる。
真正面からこちらを見つめ返してくるダラムは、真剣に言ってきた。
「待て、冗談だ。ちゃんと話し合わないと人は1%も理解しあえないって神も言われてるぞ」
白けた気分で由騎夜は横目で椅子を振りかえった。
ダラムはいない。かわりに薬壷が置いてある。由騎夜はつい口にした。
「……神の無存在説は、何年も前に確立されたはずですよ。確か…異大陸のなんとかって人が…」
由騎夜の持っている椅子を取り、ダラムは笑いながら引き返した。
「グリューラル帝国のレイリュース皇女だ。何回も言ったが、彼女の名だけは覚えなかったァ、お前は」
「何回も、言ってますよね。その台詞。覚えてますよ…師匠が魔法を使っても勝てなかった人なんでしょう」
嘆息しつつ、由騎夜ももどった。心外そうにダラムは言ってきた。
「おっと、言い訳も何度も言ったぞ。俺はまだ19だったし――」
「何、サバよんでるんです?逆算すると師匠は29歳でしょう?」
一瞬、間がおかれる。
「―――だったし、彼女に見とれたんだよ。で、話というのはな、単刀直入で言うとな」
ここで、ダラムは茶をすすった。由騎夜はぼそりと抗議を試みた。
「…師匠。この間いやなんでっ」言いかけた時、ダラムは切りだした。
「じつは咲那で、軽ーい水面下の戦いが勃起してて、俺がヤバイ。――で、由騎夜。なんで頭を押さえてるんだ?」
「いや…内容は重い気がするんですけど、すっごく軽い内容に思えるのはなぜかなぁって…」
「心構えの問題だろ」ダラムは指摘した。
「単に、俺の後継の問題なんだがね。ながれによっては、暗殺されるイキオイ?」
肩をすくめて告げてくる師に対し、由騎夜ははっきりと意見をぶつけた。
「早く結婚して、お子さんでもご出産なさればいいでしょう?」
「俺も考えた。だから恋人をつくるべくつくったんだが、1週間もたたないうちに手紙で別れを告げられるだ、なぜか。全員。しかも靴箱」
「靴箱…?」由騎夜は疑問の声をあげた。やはり、師は無視して続けた。
「封を開けたら必ず4つのカミソリ入ってるし、蝿の血文字でさよなら≠チて書いてあるし…おかげで、
 右手の人指し指と中指血だらけで生傷たえないから、『猫飼ってるんですか?』って言われるし、さらに名前まで訊かれたんだぞ」
「だぞ≠チて言われても…」
「と、いう訳で咲那に来てくれるな、由騎夜」
「なんで蝿ってわかったんですか?」
「聞きたいのか?よし。実はな、う」
「やっぱり遠慮します」由騎夜は明日の方向を見ながら言った。
ダラムは椅子に背中を預けて、天井を仰いだ。
「…考えてくれないか?由騎夜。まぁ、無理強いはしたくないが…俺はこのとーりピチピチしてるが、年はとってる。
 全盛期より、少し力が弱まったが技術は誰より劣ってねぇと自負はしてる。……ただ、伽代家は除けよ。‥‥んが、あの駿模殿さえ年には勝てない。
 今は、息子の方が上なんじゃないか、と俺は思う。…老いると何かと弱気になるもんだ」
「…まだ、遺言残すような年齢じゃないと思いますけど」
「あぁ。まだ43だ」
「55」由騎夜は無駄を承知で指摘する。
「でだな。それでも、平和は保つべき、腐敗は止めるべきだ。俺の素敵な失脚を狙う奴らを排除したい…由騎夜。だから、お前の力が必要なんだよ」
「――――必、要…ですか」
「別に暗殺とかそういう生臭いことはさせない。具体的に言うと、お前には表向きに特別教師として、実際は俺の補佐についてほしい。……生命の保証はあまりできないが」
由騎夜は黙っていた。
ダラムは彼を見て苦笑してみせる。
「…俺は、死ぬかもしれない。死ぬのはやっぱり恐怖だし、っつーか、恐怖心のない人間なんて見てみたいもんだよ。だからな…」
「…師匠」
由騎夜は顔を上げなかった。気配で、彼が席を立つのがわかった。
「じゃ、考えといてくれ。……また、来る」
気配が遠ざかっていく。
扉が開き、閉まった。
由騎夜はいつの間にか空になっていた湯呑みを見つめていた。
診療所から少し離れて、ダラムは立ち止まった。
思わず口が笑う。ダラムは呟いた。
「…来てくれるだろう、由騎夜……お前に俺を殺せない…」

2010/01/26(past up unknown)


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