煌く綺羅の夜 -第九章 試練の嵐-


宿屋では。
妙な沈黙を終わらせたのは、蓮花だった。
「どうして、四葉お兄ちゃんがここに…いるの?」
「……蓮花」と四葉が言いかけたとき、彼の肩が叩かれた。
肩を叩いたのは、にっこり笑ったヨーシュだった。
「…?」
「では、私がもう一度宿の扉を開けるまでには話は終わらせといてくれるね?」
「は…?」
四葉が視線で問うと、ヨーシュは他の3人には聞こえない程度の声で囁いた。
「君と同じ部屋にいると、少し調子が悪くなる。別に生理的嫌悪を感じてる訳じゃないけど」
「悪かったな」
四葉の捨て台詞を聞き届けると、ヨーシュは宿から出ていった。
「お兄ちゃん、ヨーシュさんは…?」
「話を聞く気はないらしい。多分…察しがついたのだと思うが」
「なぁ、蓮花ちゅん…」鎧綺は気まずいもねを感じながら、言葉を吐き出した。
「つまり…彼は、君の兄?」
「ちがう。…血のつながりはない」
否定したのは蓮花でなく、四葉だった。
(…ってことは、兄妹並の関係には変わりないってことじゃねぇか…?)
そう思っても、鎧綺は口にしなかった。
また、沈黙が訪れた。
蓮花はうつむいている。四葉もまた黙って立ち尽くしている。
「あの……」
かなり畏縮しながら稚林は言い出す。
「…お料理、冷めますよ…?…」
「…正論だな」
言ってから、四葉は普通に鎧綺の隣・蓮花の向かいに着席した。
かたん、と蓮花も椅子に座る。
「ね、お兄ちゃん…」
言うことを迷いつつも、蓮花は訊いた。
「どうして、この村に…来たの?」
少しの間を置いて、彼は答えた。
「――――棒が倒れた方向が、この村だっただけだ」
その後、鎧綺は吹き出すのを必死にこらえていた。

一度、歩いただけだが、この森の地形は大体覚えていた。
(・・・・・・静かだ)
故郷の夜と比べて、こっちの大陸の夜は長く感じる。夜が長いというのに、彼の眠っている時間は短くなっている。
(・・・それでも、戦役の時よりはいいけど)
夜の風が何ともいえず心地よい。ヨーシュは更に奥へ進む。
夜の森歩きはヨーシュのささやかな楽しみだった。
誰かに手招きされて、或いは導かれるように彼は歩いていた。
ヨーシュは―――いつも、森を歩いていると何かに呼ばれるような気がしていた。一度、そのに従って森を歩いて数日間の遭難にあったこともあった。
それ以来は、声とは距離をおくことにしているのだが。
(…うん?)
ヨーシュは首を傾げた。何か、見えたような気がしたのだ。
肩ごしに振り返る。
「・・・・・・あれ?」
やはり、ヨーシュは小首をかしげた。
木のふもとに座りこんでいるのは、――まちがいなく――煌瑚だった。
彼女はうつむいたまま、こちらを見ようとしない。
気づいて。ヨーシュは胸中で呟いた。
(あぁ…眠ってるのか…)
静かに、近寄ると煌瑚は小さな寝息を立てている。ヨーシュは小さく笑った。
「…ベッドがそんなに気に入らないんですか?煌瑚さん」
小さくヨーシュは呟いてから、隣に腰を下ろした。
煌瑚が深い眠りについてるのを確認して、ヨーシュは嘆息した。
「――嬉しかったです、貴女は何も言わないでくれた。……化物だと恐れずに、私を見てくれた」
ふいに肩に重さを感じた―――驚いて見ると、煌瑚の頭が間近にある。
「―――ごめ…ん…なさ……」
吐息と共に洩れた彼女の呟きに、ヨーシュは一瞬、煌瑚は起きているのではないかと思ったが――
規則正しい呼吸音によって、寝言であるのがわかった。
彼は微笑し、夢の中の彼女に告げた。
「いいえ。ただ、起きたら…私とちゃんと話してくれるなら、もっと嬉しいです」
ヨーシュは無意識に、煌瑚が起きるまで起きていることを決めていた。


闇の中を幼い自分が走っている。誰かを探しながら。
しかし、自分でも誰を探しているのか、わからない。
ただ、探さなくてはいけないという思いだけで走っていた。
探して、あの言葉を言わなければいけない。言わないと、もう、会えなくなってしまうから。
たったひとりで闇の中を走っていた。
走っても、走っても、闇は消えず、誰もいなかった。
誰にも会えず、ただ、ときどき声が聞こえてきた。
たいていは、たわいもない言葉だった。
『――化物――』
何かにつまずき、ころんでしまった。
ころんでも、ここには手をさしのべてくれる人は誰もいなかった。
いや、どこにいようとも、誰も手をさしのべてくれる人はいないのだ。
ゆっくりと立ち上がる。
気にしてはいけない。今まで、何度もそう言われてきたのだ。たった一言に傷ついていられない。
言われるたびに傷ついていたら、きりがない。
探さないと・・・。
きっ、と顔をあげる。
闇の中に小さな光があるのに気づいた。
その光の中に、人が、二人立っていた。
『――煌瑚――』
その二人は、優しく、自分の名前を呼んだ。
逆行で顔はよく見えなかったが、笑っているのだとわかった。
二人に向かって、走り出した。
『化物』
足が止まる。
泣いてはいけない。泣くものか。
たった一言で、傷ついてなんていられない。今までに、何度も、何度も……言われてきたのだ。
たった一言で・・・・・・。
ないてはいけない。
『―――煌瑚さん』
優しい声。
ちかくに、気配を感じて、闇の中を見回した。
やはり、誰もいない。しかし、たしかに、ちかくに誰かがいた。
ふと気づくと、今の自分の姿にもどっていた。幼い自分は、もういなかった。
ああ・・・そうだ・・・。
私は、言わなくては、いけないのだ。彼に。
傷つけてしまったから。
「――ごめんなさい――」

2010/01/26(past up unknown)


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