煌く綺羅の夜 -第十一章 真夜中の静寂- 一方… 「姉貴は?」 宿屋の中に入るなり、そこにいた四葉に畳み掛けるようにして由騎夜は訊いた。 それに続き蓮花も四葉に問う。 「お兄ちゃん、煌瑚さんは?」 「心配は…ない。今は眠ってるだけだ。それに…ヨーシュがついている」 「そうか…」 由騎夜は息を深く吐いた。そして、蓮花を促し自分も椅子に座る。 「でも、意識がない」 「!!」 由騎夜は四葉を見た。と、そこで蓮花が口をはさむ。 「お兄ちゃん…私の…力で煌――」 最後まで言い終わらないうちに由騎夜が声をかけた。 「蓮花ちゃん、それはしなくていいよ」 「でも!」 「大丈夫、ヨーシュがついているなら。それより、今はゆっくり眠らせてあげてほしい」 床が軋む。三人は、はっと音のした方向を見た。 影から見て長身の男であることがわかる。ヨーシュは姿を見せないまま言った。 「四葉、光量を落としてくれるかな。今の私には…眩しすぎるんだ。ロウソクは?」 「あぁ。すまん」 四葉が光球の明るさを弱めてから、ヨーシュは三人の前に出てきた。 「ヨーシュさん、煌瑚さんは…!」 「大丈夫。体に異常はないと思う。怪我はしてないし、心配はいらないよ」 彼の要望ではあったが、ヨーシュがどういう表情で言ったかは暗くてわからない。 ヨーシュの声だけを聞くとあまりにも無感情すぎる。逆に何かあったかのようだ。 由騎夜は違和感を感じながら、訊ねた。 「……何かあったのか…?」 「…何、か…?」 奇妙なことだ――答えたヨーシュの声は笑いを含んでいた。 由騎夜と蓮花は呆気にとられた。動揺していないのは、四葉だけだ。 「想像が、つかないのか?君は弟…家族だろう?彼女が、お姉さんがこの村の人間にどのような目で見られていたのか ……まさか、知らなかったとは言わないだろうな」 「…当たり前でしょう!」 由騎夜は思わず叫んでいた。が、語気を強めてヨーシュは言い返す。 「だが、何もできなかった。それとも、しなかったのか。 どちらにせよ、君は…君たちは誰一人煌瑚さんの苦痛に気づかなかった…そうだろう?彼女だって人間なのに…!」 「お前もな、ヨーシュ」 四葉の言葉に、ヨーシュは黙り込んだ。由騎夜も蓮花も動けずにいる。 一瞬の静寂。 顔――右眼の辺り――を押さえて、ヨーシュは弱々しくうめいた。 「………すまない。どうかしてるらしい……君たちにあたっても、意味はないのに…」 「気にするな。というより、彼女の部屋から出てくるな。目を醒ますまで入ってろ」 「…ひどいな」ヨーシュは笑ってすぐ、膝をついた。 「ヨーシュさん!?」 蓮花は駆け寄ろうとした。しかし、四葉は素早く制した。 「眼か?」 「……あぁ、奇跡みたいだからね。こうして正気を保っていられるのが…でも、大丈夫」 声の調子から言うととても大丈夫には思えない。 「蓮花さん。由騎夜くん…私には、今の私には近づかない方がいい。あまり制御できないから」 「さっさともどれ。お前と戦いたくはない」 ―――戦う?蓮花と由騎夜は顔を見合わせる。 ヨーシュは立ち上がり、顔を袖で拭った。 「じゃあ、またあとで…」 暗闇に溶け込むように行ってしまった彼の足音の次に、ドアの音がする。 「ヨーシュの言ったことは気にするな。正気が保てないのは本当らしい」 「お兄ちゃん…ヨーシュさん、どうしちゃったの?」 いつも柔らかな物腰で笑顔を絶やさなかったような彼が、突然変わってしまったのだ。 四葉は少し間を置いてから―考えていた間らしい―、話した。 「…あいつの故郷、異大陸には竜…それも神竜という種が存在してる。それは、時折人間と契約を交したり、呪いをかけたりすることがある。 あいつの右眼には、竜の呪いがかかっているそうだ。…呪いに殺されないために、耳飾りをつけていたらしい。よくわからんが」 「今は、つけていないと…?」 「その通り」 「お兄ちゃん、落ち着きすぎだよっ!…死んじゃうかもしれないって…どうしてつけないの、どうして…」 蓮花は涙ぐんでいた。たったの数日間かもしれないが、親切に話しかけてくれた人間が死んでしまうということは、彼女にとってとてつもなく受け入れらぬ事なのだろう。 「蓮花ちゃん、落ちついて…」 由騎夜がそう言っても、蓮花はぶんぶんと頭を横に振った。 嘆息して、四葉は蓮花の頭をぽん、と叩く。 「蓮花。あいつは…自分を犠牲にすることのできる性格、いや性質持ちだ…度を超えた騎士道精神というか、……元騎士だそうだから、多少の自己犠牲は奴のちょっとした喜びだ」 (うそだろ…) 由騎夜は口には出さずにつっこんだ。蓮花が何か言う前に四葉は言った。 「今日はもう遅い。もう寝るといい」 「でも…」 「蓮花」 「…………うん。おやすみなさい、お兄ちゃん」 「あぁ、おやすみ」 蓮花はちらりと由騎夜と煌瑚の部屋の方を見てから、心配そうな表情をしながらも階段を登った。 四葉が由騎夜に何気なく呟いた。 「……名まえ」 「―えっ?」 「呼べるようになったのか、やっと……どうでもいいが」 「……え゛?」 値踏みするような目つきで四葉に見据えられ、由騎夜は背中といわず体中汗だくになっている気がした。 「―――稚林?」 稚林は顔を両手で覆ってうつむいてしまったのだ。 驚きながら、鎧綺は彼女の名を呼んでいた。か細い肩に触れようとした時、くぐもった声が聞こえた。 「大丈夫…」稚林は顔を上げた。今にも泣き出しそうな笑顔で彼女は言った。 「あ、あのね…私、昔から大きな音とかにびっくりして倒れるし、他の子に怒鳴ってるお父さんの声にも気絶してたし…」 「そういう問題じゃないと思うけど…」 「そ、そうよね…鎧綺くん、私大丈夫だから…ごめんなさい」 うつむいてしまった稚林に、鎧綺は考えながら訊ねる。 「何であやまるんだよ」 「お母さんに聞いたら、家まで運んでくれたの鎧綺くんだって……重くなかった?」 「いや、全然」 空間移動したのだから、苦にもならなかったのが事実である。 鎧綺は稚林の顔を両手で上げさせた。稚林は一瞬で顔を真っ赤にした。 「か…かっ、かいきくっ…!?」 「顔上げて。もっと自信持てよ……稚林は充分可愛いよ」 「…わ、わたしが…?…」 鎧綺は悪戯っ子のように笑ってみせてから言った。 「稚林だったら、いつでも抱き上げてやるよ。…俺でよければ、だけど」 そっと手を離した鎧綺は、頬を赤らめている稚林と見つめあう。 ――その直後、稚林は直立したまま後ろに倒れたのだった。 2010/01/27(past up unknown) ← → 煌綺羅 TOP |