煌く綺羅の夜 -第十一章 真夜中の静寂-


夜が明ける。
徐々に空が白んでいく。
(……朝か…)
浅い眠りを繰り返していたため、気分はかなりよいものではない。
嘆息してから、ヨーシュは席を立って窓を少し開けた。が、すぐに閉めてしまった。
夜気をまとった空気は肌寒く感じた。煌瑚の体に悪影響を及ぼすかもしれない、そう思うとこの時間はまだ開けてはならないだろう。
(…鳳俊に行かないで、明枝にもどろう…)
明枝の村はとても小さい―この杜樂よりも―が、まわりは草原と森しかないが、それでも村人たちは心の優しい人たちばかりだ。
まったくの他所者であるヨーシュに、定住を提案してくれたのは後にも先にもその明枝の村だけだろう。
椅子に座り、ヨーシュは手の中の耳飾りに目を落とした。あの耳飾りではない、水色の真珠の耳飾り。
彼女を見る。
まだ眠っている。ヨーシュはそっと煌瑚の、暗緑色の髪に触れた。
その時、彼女の睫毛が動いた。
ヨーシュは目を見張った。吐きかけた息を肺に押し戻して、呟く。
「……煌、瑚さん…?」
ゆっくりと、煌瑚の瞳が開かれた。
ヨーシュは、安堵の息を吐いた。
「……よかった」
知らず知らずに、そんな言葉が洩れる。
張り詰めていたものが、一瞬にして切れてしまったようだった。
自然と、涙が頬を伝う。
「本当に……よかった…」
ふと、煌瑚の手が、ヨーシュの頬に触れた。
(ヨーシュ、泣いてるの?)
煌瑚の声が、直接頭に響いた。
「…煌瑚さん…?」
ヨーシュは、いぶかしげに問いかえす。
(目がね、見えないのよ)
煌瑚の残念そうな声が響く。
(それと…風邪をひいたみたいで、なんだか熱っぽいし、声も出ないみたい)
煌瑚は、口を動かし、何か言おうとしたが、声は出なかった。
「…それでも、あなたは起きてくれました」
ヨーシュは、優しく微笑んだ。
煌瑚は上体を起き上がらせた。
「煌瑚さん、まだ寝ててください」
(わたし、人に見下ろされてるって、嫌いなの)
「……目、見えてないんじゃないんですか?」
(心臓の位置でわかるわ)
煌瑚は、ヨーシュの心臓の位置を指で示した。
(……それと、寝てたらこういうことが出来ないし……)
「え?」
煌瑚は、唇をかさねた。
ふれたのは、一瞬。
次の瞬間には、もう、離れていた。
煌瑚は艶やかに微笑んでいた。
それは、煌瑚の心からの笑顔だった。
素直な、偽りのない笑顔。
( ありがとう )


『明日の朝、外に出ろ…話がある』
四葉に言われたままに、由騎夜は玄関の扉を開けた。
空気は、ひんやりとしている。
すがすがしい、と表現して差し支えないだろう。
ただ、そんな気分にはなれなかったが。
姉のこと、師匠のこと、蓮花のこと、そして四葉のこと。
当の四葉の姿は、すぐに見つかった。
入口のすぐ横に、立っていたのだ。
「………遅い」
それが第一声。
(…まだ、5時半なんだけどな)
理不尽なものを感じはしたが、口には出さない。
四葉は黒服だった。だから、どうという訳ではないが。
黒がより一層、長身を引き立てている。
ある種の威圧感さえあった。
そういえば、鳳俊の魔法学校を首席で入学・卒業した彼の、魔導師≠ニしての姿を一度も見ていない、と由騎夜は思った。
ほんの少しの静寂。
四葉は唐突に――由騎夜が予想もしなかったことを言った。
「……咲那で何があった?」
「―――――何故、そのことを!?」
「ダラム=デス=デービル…来ていただろう。魔力を感じた」
よく考えてみれば、知り合い、とまではいかないものの、知らないはずがない。
第一、師匠は言っていた。
『駿模殿さえ年には勝てない。今は息子のほうが上なんじゃないか―――』
何故、気付かなかったのだろう。
こんなにも単純なことを。
「…僕もよく知りません、ただ…軽い水面下の戦いが起こって、師しょ…いや、ダラムさんが危ないそうで」
口調がたどたどしくなる。
何故か筋肉が緊張しているように感じた。
よく考え―いや、よく考えなくても、こうやって一対一でじっくり話すのは初めてだ。
それよりも相手は、師匠ですらも認める、魔導師のトップ、とも言える存在である。
引け目を感じてしまうのは、仕方がない。
「…そうか…。で、どうするんだ?ダラム=デス=デービルは何だと?」
「それは…」
由騎夜は口をつぐんだ。言いたくないと言うより、言えなかったのだ。
「奴との関係は…師弟か…」
その口調は確かめるようなものだった。
由騎夜は一つ、頷いて東の方に陽が昇り始めている空を仰いだ。
「俺に…咲那に戻って表向き、特別教師として力をかしてほしいと…」
「どうするつもりだ?」
「俺は…師匠には逆らえません…。師匠を見捨てることも…。だけど…今は杜樂を離れたくは…ないです」
そう答える声は…少し震えていた。
その震えが何に対してなのか、由騎夜自身にもわからなかった…。

2010/01/27(past up unknown)


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