煌く綺羅の夜 -第十二章 言葉は心の使い-


居間に向かって由騎夜と蓮花が階段の前に差しかかったとき。
二人は顔を見合わせた。由騎夜が呟く。美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐっている。
「……鎧綺かな。でも、こんな朝から…」
「もしかして…煌瑚さん!?」
「あ、蓮花ちゃ…!」由騎夜の声を聞く前に蓮花は普段からは想像できない機敏さで、ぱたぱた台所に走った。
本当に大丈夫なのか、もう起きて平気なのか、言いたいことがぐるぐると頭の中を回る。
「煌瑚さん!―――……えっ?」
蓮花は混乱した。
暗緑色の髪が流れる背中はなく、そこにいたのは銀髪の青年。
「あ、蓮花さん。おはようございます」
「…ヨーシュさん!」
「由騎夜くんもおはよう。二人共、遅かったね」
「…何、つくってるんですか?」
白香菜の入った粥ニ・ラスルエ・ウィク…って言うんだけど、こっちでは何て言うのだろうね…」
ヨーシュはそう言って笑った。彼の頭には青褐色の包帯―本人は眼帯のつもりだろう―が巻きつけてある。
「やっぱり、片手で料理するのは至難のワザだな。で、二人とも突っ立って何してるんだい?」
くるっと振り向き、ヨーシュは体を向きなおす。
昨夜の夜とは別人のようだ。蓮花は尋ねた。
「その眼帯…は?」
「ご心配なく。怪我ではありませんから…」
「でも、でも、お兄ちゃんは…」
「……四葉から聞いたのかい?」
穏やかな微笑をたたえたヨーシュは、少し悲しそうに訊ねてきた。蓮花が頷くと、彼は小さく嘆息した。
「そうか…彼は話したのか。でも、気にしないでほしい。仕方のないことだから」
言いながら、彼は聞き慣れない名の料理を火からおろす。
「調理器具、勝手に使ってるけど……何だったら宿代に足してくれて構わないから。どれくらいかな」
「いや、それくらい無料でお貸ししますけど…」
「そうではなくて、宿代さ」手慣れた様子で運ぶ準備をしながら、ヨーシュは言った。
「もう、出発しようかと思って…お祭りの前日だったかな、<亥覇>という街の豪商と契約がとれたんだ」
「亥覇って…あの内海の近くの?」
由騎夜の言葉に頷き、彼は笑って見せる。少なくとも正気であるのは確からしい。
「うん。そう・・・年に2回臨時の経営の指揮をとらせてくれるそうだ。報酬は高い。その分難しい仕事ではあるけれどね。生家は貴族だったし…」
「貴族……?き、きぞくっ・・・て!」
蓮花は目をぱちくりさせる。由騎夜も蓮花ほどではないが驚いていた。
「あぁ!そんな大ゲサに考えないで、単に貴族の家に育てられただけなんだ…本当の親のことは、よくは知らない…だからですね、私の夢は家族を持つことなのです」
唐突といえば、かなり唐突なことを言われて、二人はそろってキョトンとしていた。
そんな二人に笑いかけ、が、すぐ笑みを消して彼は言う。
「そこの街も村にも、温かさがあります。けれどそれは、家族や友人への温かさで…他人である私に向けられることはない。
…この村に来て、この宿に来て、とても温かい場所だと思いました。でも、私にとっては…辛い」
「だから…出ていっちゃうんですか…?…」
蓮花の問いに、ヨーシュは首を横に振った。
「…いいえ。辛さを耐えるのは慣れていますが・・・明日の朝には、ここを発ちます」
そう告げて去っていく彼の背を、蓮花と由騎夜は呆然と見つめていた。

2010/01/27(past up unknown)


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