煌く綺羅の夜 -第十二章 言葉は心の使い-


ドアが開き、閉じる。
足音が近づいてきて、声が聞こえる。
「煌瑚さん、おまたせしました!大したものじゃないんですけどね」
(・・・何か、変なの)
「へっ?」
(料理なんて出来たのね。それも上手そう…)
いい匂いだ。変わった香りだが、おいしそうな匂いではある。
「母から教わったんです。一人暮らしもあるかもしれないから、とか。ただの子供にかまいたい口実でしょうけど。
少し冷ましたので、火傷は大丈夫だと思いますよ?」
照れているようである。何となく笑みが浮かぶ。
(甘やかされてたのね)
「7歳の時までは一人息子でしたから……食べられますか?」
頷くと、器―といっても盆ごと―を渡された。半ばいつもの勘で、スプーンを口まで持っていく。
(…おいしい、けど…何か入れた?)
「あぁ、白香葉ウィクっていう万能薬のもとですよ。貴重種なんですけど、森に生えてて…驚きましたよ」
(そんなものあった?)
「緑青色の花弁をつける花で・・・」
(あぁ、あの雑草?いっぱい生えてたわね、確かに)
ヨーシュは一瞬黙った。
「…煌瑚さん」
彼の口調はどこか硬くなっていた。
( 何? )
「…今、この部屋には結界が張られています。特殊な力を抑えこむための・・・」
確かに聞こえてくるのは、以前よりかなり限定されている。世界がまるで狭まったようだ。
(それが、何?)
「これは本来、私の力を抑えるものですが……貴女が望むのなら、この結界と同等の力を持つ霊石を差し上げます」
(力って・・・どんな?)
一瞬の間――ためらいがあった。
「…私を殺そうとする力です…といってもすぐには死にません。まぁ、寿命はかなり縮みますけど」
(どれくらい、生きれるの?隠そうとしても、無駄よ)
「……おそらく、数月。長くても一年でしょう…」
煌瑚は思いきり怒鳴りそうになって、直前で声が出ないことに気づいた。
かわりに毒づく。
(何考えてるのよ!あんたを殺してまで、普通になんかなりたくない…馬鹿にしないでよ!あんたね、私に人殺しになってまで…)
「すみません」
彼の一言で、沸きあがってきた熱も怒りもなくなっていく。
「また、貴女が苦しむのかと思うと……何だか耐えられない」
(だからって…)
「わ、話題を変えましょうか、さっきのことは忘れて下さい」
煌瑚は納得できない様子で、無言でお粥をすすった。
「あの、ですね、煌瑚さん」
(何よ)
「さっきの話とは頭を切り換えて、聞いてほしいんですが」
(だから、何?)
一拍おいて、ヨーシュは真剣な口調で話し始めた。
「私は・・・人を殺したことがあります・・・」
(・・・そう)
「後悔したことはありません。…むしろ生き抜こうと思う、それが彼らへの手向けで…後悔はしないと決めているんです。私は…」
(真剣な話してるとこ悪いけど、器、下に置いてくれる?)
間を維持しているような沈黙を保ちながら、ヨーシュは器を床に置く。
「ちょっといいですか」ヨーシュは煌瑚の手をとり、その手の平に青い真珠の耳飾を落とした。
(・・・何?)
「海の光露≠ニいう青色の真珠です」
( 青? )
「私の、実の母の形見で・・・値のつけられない品物だとか」
真珠には黒や白、淡紅色の物があるとは聞いたことはあるが、青い真珠など聞いたこともない。
相当、貴重なものに違いない。
(宿代です、とは言わないわよね?)
「言いませんよ」 ヨーシュは苦笑していた。
(じゃあなんなの?)
「幼いときから、青真珠(それ)をある女性に渡そうと決めてたんです」
煌瑚は黙った。少し、言葉の意味がわかりかねた。
「・・・ずっと、貴女が眠っている間考えていました。…今、言わないと私はきっと後悔する…煌瑚さん、
 私は…貴女を愛しています、心から」
煌瑚は、一瞬、何を言われたのかが、わからなかった。

理解して、戸惑った。

(…わた…し…)
「答えは、今は聞きません。明日の朝、ここを発とうと思います。その時までに、答えてくれればいいです」
ヨーシュはそう言うと、器を持って部屋から出ていった。
(・・・・・・明日の・・・朝、か・・・)
煌瑚は、青い真珠を握りしめた。
深く、溜息を吐いた。
無意識のうちに、ヨーシュはずっと、ここにいてくれると思っていた。
そんなことはありえないのに。
いつかヨーシュはいなくなる。そんなこと、わかっていたはずなのに・・・。
ふと、肩の上に何かが乗ってきた。
その何かは、鳴きながら、煌瑚の頬にすりよった。
(・・・天・・・紅・・・?)
どうやら、さっきヨーシュが出ていった時に、入ってきたようだった。
煌瑚は、優しく微笑んだ。
(あんたは、いいわよね。悩みなんてなさそうで…。くだらないことで悩むのは、愚かな人間くらいね。
動物は、自分の気持ちに正直に生きてるから、悩む必要がないもの。……わたしも、少しだけでも正直に素直になれたらいいのに・・・)
天紅に語りかけるように、煌瑚は思った。
(素直になれば簡単に言葉は出てくるかしら・・・・・・。素直になれば、ああいう言葉も簡単に言えるのかしらね)
煌瑚は、ヨーシュの言葉を思い返した。
『…貴女を愛しています、心から』
今さらになって、顔が赤くなってきたことを煌瑚は自覚した。
突然言われて、戸惑いはしたが、嫌ではなかった。
いや、どちらかといえば・・・とても、うれしかった。
けれど、言葉は出てこなかった。
(・・・・・・言葉は心の使い、なんて言うけど…絶対、うそよね…。もし本当なら、こんなに悩むことないもの。……それとも、わたしが素直じゃないからかしら…)
煌瑚は軽く溜息を吐いた。
( 答えは、ここにあるんだけどね・・・ )
青い真珠を握りしめた手を、そっと、自分の胸の上へとおいた。
そんな煌瑚の思いを、聞いているのかいないのか、天紅は煌瑚の肩にのったまま、眠りにつこうとしていた。

2010/01/27(past up unknown)


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