煌く綺羅の夜 - 第十三章 過ぎた嵐―激動の果てに― - 煌瑚は小さく溜め息を吐いて首を振った。 いくら考えても、答えは出そうになかった。 なら、無駄に時間をすごすよりは違うことをしたほうがいい。 なにせ時間は、限られているのだから。 するべきことを、いくつか頭にうかべ、やる順序を決めて、ベットから出た。 そのせいで、天紅はころがり落ちたが、まだ眠っているようだった。 煌瑚は、勘と、記憶の中の部屋をたよりにドアに向かう。 慎重に足を前へと運ぶ。 途中、何度か物にぶつかりながら、いつもよりも倍以上の時間をかけて、ドアまでたどりついた。 煌瑚は、また、溜め息を吐いた。 ここまで来るだけで、疲れるのなら、家の外へ出るのは、無理だと思いなおし、するべきことのうち一つを消した。 煌瑚は、深く深呼吸し、ドアを開け部屋の外へ出た。 それほど長く部屋にいたわけではないのに、何故か外へ出るのが久しぶりな気がする。 部屋から一歩出ただけで、色々な音が聞こえるようになった。 今回のことで、少しだけ、力の制御の仕方がわかった。 たくさんの者の中から、必要な音だけを選び出す。 今、この家の中にいるのは、由騎夜と、蓮花と、ヨーシュ。 ヨーシュは、部屋で眠っている。 由騎夜と蓮花は、食堂で食事中。 まずは、食堂へ。 食堂で、蓮花と朝食を食べていた由騎夜は、突然、名前を呼ばれた気がした。 しかし、食堂には蓮花と由騎夜しかいない。 蓮花の声ではなかった。 では、いったい誰が・・・。 「どうしたんですか?由騎夜さん」 蓮花が、不思議そうに聞いてきた。 「…今、誰かに名前を呼ばれた気がしたんだけど…。聞こえた?蓮花ちゃん」 「わたしは、とくに何も聞こえませんでしたけど…」 由騎夜は首をかしげた。 たしかに、今、名前を呼ばれた。 けれど、一緒にいた、蓮花には何も聞こえなかった。 これはいったいどういうことだろうか。 そんなことを考えていると、由騎夜の頭に直接、声が聞こえた。 (由騎夜!れんちゃんと、いちゃついてないで気づきなさいよ!さっきから呼びかけてるんだから!) ガシャン、と食器はそれこそ割れそうな音をたてた。 「なっ、な・・・」 飲みかけていた水を吹き出しそうになったが、なんとかとどめる。 驚きに混じって顔も赤くなっているが、蓮花は気づいていないようだった。 「由騎夜さん、どうしたっていうんですか?大丈夫ですか?」 心配そうに由騎夜を見る蓮花だったが。 (あー、れんちゃん、そこの馬鹿のことは気にしなくていいからね) 「ひゃあ!?えぇっ!?こ、煌瑚さんですか!?」 頭に響いた声。 何故か、懐かしい気がした。 自分を鳳俊から連れ出してくれた旅人が、同じことをしたからかもしれない。 恐ろしさはなかったが、驚きはあった――多少なりとも。 (由騎夜、れんちゃん、悪いけど迎えにきてくれる?) 「迎え、って・・・」 由騎夜と蓮花は無意識に立ち上がっていた。 困惑しつつも食堂から出る。 煌瑚は自分の部屋の前に座っていた。 (遅いわよ、由騎夜) 「いや、遅いとかじゃなくて、これは一体…」 「煌瑚さん、どうしてこんなことができるんですか?」 煌瑚は壁づたいに立ち上がる。 (さぁ・・・よくは分からないけど。今、少し咽をやられたみたいで声が出ないから、これで我慢してね。あと・・・目が見えなくて) 「目!?そんな・・・」 「だ、大丈夫なんですか?」 (多分ね。2、3日で治ると思うわ) 煌瑚の体を由騎夜が支え、食堂へ向かう。 煌瑚を椅子に座らせて、由騎夜と蓮花も同じテーブルについた。 (ありがとう。・・・目が見えないって大変なのね。部屋を出るときも、物にあたってばかりだったし) 「とにかく…目が覚めて何よりだよ」 (あら、あんたにしては珍しいこと言うのね、由騎夜) 煌瑚は微笑んだ。 「珍しいんですか?由騎夜さん、ずっと心配して――」 「コホン。蓮花ちゃん、別に教えなくていいよ…俺のことは」 由騎夜は、そう言った後に立ち上がって自室に一旦戻った。 (照れてるわね) 「そうですね…あ!煌瑚さん、お腹は?」 (空いてないわ、大丈夫よ…) 一呼吸おいてから、煌瑚は蓮花に言った。 (ありがとう…れんちゃん、弟2人を変えてくれて) 「え?私…何も…」 (違うのよ、れんちゃんが来る前とは2人共…全くね。だから、ありがとう…) と、そこへ由騎夜が戻ってきた。手には、何か粉末が入っているらしい瓶を持っている。 「由騎夜さん、何ですか…それ」 「あ…うん」 と言いつつも由騎夜はそのまま、台所にある冷蔵庫へと向かう。 そして、由騎夜はあらかじめ冷やしておいたらしい葡萄酒をとりだした。 香りだけで、それが何か煌瑚には分かった。 (・・・シェリー・・・ね。どうしてあるの?そんな高いの・・・) 「…緋耶牙が…親父さんに頼んでくれたから…。姉貴が心配することじゃないさ」 話しながら由騎夜は先ほど持ってきた粉末を量りにのせ、シェリー…所謂、ワインをグラスに注いだ。 「蓮花ちゃんも飲む?」 「え!あ、いいです。お酒弱いから…」 「そう。じゃ何か他のものでも・・・」 「あ、自分でやりますから…」 (由騎夜、いつ、れんちゃんのこと名前で呼べるようになったの?) 蓮花と煌瑚の声が重なって、由騎夜の耳と頭にとどいた…。 「…あー…と、じゃあ自分でやってもらっていいかな…」 「はい」 由騎夜は姉の言葉に動揺を隠しきれないようで、今日、何度目かわからない赤面をさらしている。 「…姉貴、混ぜる?別で飲む?」 (何をよ?) 「咽に効く薬・・視力のはないけど、咽のはあるから…」 (混ぜて) 「…混ぜないと飲めなかったっけ?」 (こぼれたら困るからよ、失礼ね…怒) 「あの……由騎夜さん、麦茶です」 蓮花はテーブルの上に麦茶の入ったグラスをおいた。 「あ、ありがとう」 (れんちゃん、こんなのに気を遣わなくてもいいのよ) 「いえ、全然」 (・・・ねぇ、唐突なんだけど、れんちゃんは…) 「はい?何ですか?」 (好きな人に…気持ち素直に伝えられる?) 「え?好きな人にですか…?」 蓮花はチラッと由騎夜の方を見た。 由騎夜には・・・今の質問は聞こえてないようだ。 「・・?なに?」 「いえ・・・(赤面)伝え・・・言えます・・・」 (そう・・・ねぇ、由騎夜、薬まだ?) 「あぁ…はい、できたよ」由騎夜は煌瑚の手にグラスを握らせてやる。 「こぼさないように気をつけて」 (わかってるわよ!) 「…いいですね…姉弟って」 「(えっ?)」 「あ…何でもないんです…」 (そう?ならいいんだけど…由騎夜、この薬まずいわよ) 「まずい薬や苦い薬の方が効くんだよ、文句言わないで飲む!」 (あら・・・強気ねぇ。私の目が見えないからって・・・) バシッ! 「ってぇ…何すんだよ!」 (あら、鎧綺に似てきたわね、口答えの仕方が) 「あれと一緒にしないでくれ」 (あーそー?似てると思うけど?ねー、れんちゃん) 蓮花はクスクスと笑っている。 「蓮花ちゃんまで・・・もう、いいよ、何でも…(笑」 その後、3人での団欒は続いた。 2010/01/27(past up unknown) ← → 煌綺羅 TOP |