煌く綺羅の夜 - 第十三章 過ぎた嵐―激動の果てに― -


三人は天井を見上げていた。
間をあまりあけずに、鈍い音が響いてきたのだ。それは台所の方、ヨーシュの部屋の方から。
(…何やってんのかしらね)
「…ベッドから落ちたとか?」
「ヨーシュさん、寝相悪いんでしょうか」
それぞれ感想を口にしてから、視線を戻す。
本当は夢見が悪かっただけなのだが、3人は知る由もない。
(話をもどすけど、大体わかってくれた?)
蓮花は少しだけ不安そうに言う。
「はい・・・でも、ちょっと忘れちゃうかも・・・」
宿屋の“引き継ぎ”を煌瑚が言い始めてからすぐ、蓮花はメモにひたすらペンを走らせていた。
由騎夜が「俺でも教えてあげられることくらいなら、できるけど…」という進言に首を振り、
蓮花は「書いた方が覚えられそうですし」と言った。
最初の方はよかったのだが、後の方になると、煌瑚は思い出したように言い加えてくるので、蓮花は必死に紙に字を書き綴っていた。
「でも、煌瑚さん…どうして今…」
(あぁ、それはね。まずありえないと思うけど、お客が来たときにれんちゃんに頑張ってもらおうかなって…このたちはちょっとねぇ…)
「・・・ちょっとって・・・」
由騎夜は呟くが、煌瑚はさらりと無視した。
(それに…)
彼女が言いかけた時、宿屋の扉が開いた。
「ただいま」
ひょっと顔を出したのは、鎧綺――――――そして、
「…ちーちゃんっ!」と驚いて、蓮花。
「稚林・・・?」と訝しげに由騎夜。
華奢な少女が鎧綺の後ろから、恥ずかしそうにしながらこちらを覗いている。
「みなさん・・・おはようございます」
おはようといっても、だんだん昼に近づいている時刻だった。
鎧綺に手をひかれて(半ばひっぱられて)稚林が入ってくる。手には使い古した手提げのカゴ。
「…姉貴、大丈夫なのか?起きてて」
(まぁ、あんたに心配される程じゃないわよ。…で、あなたはどうしたの?)
稚林は頭に直接ひびく煌瑚の声にきょとんとしていた。鎧綺はとっさに言った。
「あ、姉貴は今特殊状態で、風の調べにのせて花の吐息を吹き飛ばす如く…」
(あんた何、アホ言ってんのよ)
煌瑚が禍々しいオーラを発すると、鎧綺は(目が見えていないのにも関わらず)姉から目を逸らした。
「いや、えーと…ただの冗談。怒るなって、はっはっはっ」
(怒ってないわよ)
「ついでに、姉貴……と、由騎夜と蓮花ちゃん」
鎧綺は真剣な顔で言った。稚林はうつむいている。
「・・・稚林、うちにいてもいいかな」
(泊まるってこと?金とるわよ?)
「そうじゃなくて…同棲、っつーか」
「「どーせい?」」
蓮花と由騎夜が異口同音した。煌瑚は半眼になって、鎧綺を見た。
(…稚林に手を出して責任とるって訳?)
「ちょっと違うような…?」
「わ、私…邪魔、ですか…?」
しゅん、と肩を落として彼女は言った。異常に可哀そうに見える。
(家の人は…?)
「両親はいいって・・・姉は、怒ってたけれど」
「思わず飛んじまったくらい怖かったよな」
稚林は複雑な顔で小さく頷いた。
「私、煌瑚さんや蓮ちゃんのお手伝いとかしますから…できることなら、何でも…だから」
(私はいいけど)
煌瑚は2人を見る。
「俺もかまわない」
「嬉しいです」
由騎夜と蓮花も同意した。
「ありがとうございます」
稚林は嬉しそうに、頭をさげた。
(部屋は、鎧綺と同じ部屋でいいかしら?)
煌瑚の言葉に稚林は真っ赤になった。
そんな稚林を見て煌瑚は笑みをこぼした。
(冗談よ、れんちゃんの部屋の近くの部屋を使うといいわ。れんちゃん、案内してあげて)
「はい、ちーちゃん、こっち」
蓮花と稚林は居間を出ていった。
(そういえば、あんた達に、まだ言ってなかったわよね。2人とも、死んだわ)
「2人って?」
煌瑚の唐突な言葉に、由騎夜が聞き返した。
(父さんと、母さん)
あっさりと言った。
あまりにもあっさりしすぎていたので、由騎夜と鎧綺は反応が遅れた。
「死んだって、いつ!?」
(さぁ…いつだったかしら、3日ぐらい前なのは確かだと思うわ。
 まぁ、今までもほとんどいなかったから、あまりかわらないわ。ただ、もう帰ってこないだけよ)
煌瑚の言葉には、なんの感情もこもっていなかった。
「姉…」
(ちょっとやることがあるから、もう部屋に戻るわ。連れてって)
由騎夜の言葉をさえぎり、煌瑚は言い立ち上がった。
(明日の朝までにやらなきゃいけないことはまだあるんだから)
ひとりごとのように、煌瑚は心の中でつぶやいた。
「何か言ったか?」
誰に言ったわけでもなかったが、少し声がもれていたようで、鎧綺に聞き返された。
(なんでもないわ。それよりも早く連れてってよ)
「あー、はいはい」
今度は、鎧綺に支えられて、煌瑚は部屋へと戻った。
部屋に戻った煌瑚はベッドに腰掛けた。
相変わらず、天紅はまだ眠ってるようだった。
(わたしがいなくても、あの子達なら、大丈夫ね)
煌瑚は、4人の顔を、ひとりずつ、ゆっくりと思い浮かべた。
蓮花とヨーシュが来てから今日まで、たった数日。その、たった数日が、
今まで生きてきた思い出と呼べないような思い出よりも、たくさん、心の中を占めていた。
苦しかったこと全てが、吹っ切れたわけではないが、でも、ずいぶんと楽になった。
いつか伝えたい、この気持ちを。
そして、ありがとうと――――


   <第十三章 終>

2010/01/27(past up unknown)


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