煌く綺羅の夜 -第十四章 朝に霧の立つ日- ―――旅立ち≠ヘ、特別なものではなかった。 特に、彼のような基点もない行商にとっては日常の一角にしか過ぎないため、いちいち思い入れを持つのは合理的ではない。 印象や出来事の記憶以外は必要ない。それでも・・・。 この村に名残り惜しさを感じるのは、どうしようもない事実だった。 一通りの装備品をつけてから、ヨーシュは寝台に腰掛けて身支度を確認する。 (忘れ物は・・・なし) むう。いや、ないわけではない。 呟き、彼は嘆息した。気が重い。この気の重さといったら、父の大切な鎧にキズをつけたのが発見された時と全く似ている。 その時の苦渋を思い出して、ヨーシュは嘆息を繰り返した。 チャリッと左耳で耳飾りが音をたてる。 (・・・さて、行こうか) 重々しい気分をひきずるように彼は腰を上げた。 剣帯に剣を装備し、使い古しの軍靴の金具を固定して、外套を羽織る。袋の中を見てから、紐をむすぶ。 準備は数秒で完了した。 慣れというものは恐ろしい、とヨーシュは苦々しく思った。 窓を閉める。目をさますために開けていた窓に向かって、彼は母国の言葉で囁いた。 「・・・汝 進む道に光あれ。我が道と心を明るく照らしたまえ」 ヨーシュは部屋を靜かに出た。 気配はするが、起きてはこないだろう。彼は静かに階段を下りた。 階下には―――やはり、気配はない。 苦笑して、ヨーシュはカウンターの宿帳の、自分の名の横にペンを走らせた。 一言、ありがとう≠ニ。 そして、ヨーシュは扉へ向かった。扉を開く。一切のためらいもなく。 外の風景に、彼は目を細めた。 朝日が昇っている。 2010/01/26(past up unknown) ← → 煌綺羅 TOP |