Lighted Darkness
 -under children〜暗い陽の下の子供〜-



「彼女がどうかしたのですか?」
「あの子は…今年で22になります。年寄の小言に聞こえるのは承知だが、もうそろそろ…恋人がいてもいい頃だと思うんだが…」
ゲオルクは小さく嘆息した。
「えぇ、それはそうでしょうね。あのように器量もよく、優しい娘さんが、年頃になって浮いた話も無いなんて」
「……皮肉のように聞こえるのは、気のせいですかな?」
すると、エリオッティは少女のように無邪気に笑ってみせる。
「まぁ、そんなつもりはないんですよ。ただ…男性がサラに近寄り難いと思うのは、あなたにも原因はあるかもしれませんわ、Mr.ショールズ」
「それくらいで敬遠するような輩なら、元から近付かせる気はない。・・・シスター・エレン
 貴女には心当たりはありませんか、そういう・・・骨のある若者と言いますか」
「Mr.ショールズ。あなたが彼女の了承をきちんと得たとした上でお答えしますわね。
 …そういう男性には二人ほど心当たりがありますわ。一人は、ここの職員のジャン。サラの幼馴染だそうですね」
「あぁ…彼ですか。では、もう一人は?」
「先程、こちらにいらしていたのですけど…開業医をなさっているイゼル・へインズさんという方ですわ」
「ヘインズ…」ゲオルクは小さく呟いた。
彼の呟きは聞こえなかったらしいエリオッティは、思い出すように目を細める。
「時々、警察署に出入りなさって…何でも検視をお手伝いされたとか。
 当たり前でしょうが、本人は乗り気ではなかったようでしたわ」
「当たり前?」
――やはり、骨抜けなのではないか?――というゲオルクの思いを察したのか、エリオッティはやや渋面をつくった。
「…えぇ。以前、富豪のニューマン家で起こった…」
「あぁ…あの、猟奇殺人事件…か」
「くわしい事は存じませんが、亡くなられた方のご遺体はとても見られたものではなかったそうです…。
 Dr.へインズは立派な方ですよ。浮いた噂もないようですし」
「そうですか。覚えておきましょう」
「それから、Mr.ショールズ?」
エリオッティは温和そうな笑顔で告げる。
「そう急ぐこともありません。愛は探すものではなく、出会うものだと思いますわ」
目を少し丸くするゲオルクに、シスターはにっこりと微笑んだ。

「ところでシスター」ややして、ゲオルクは告げた。
「貴女の言うイゼル・へインズ氏が、どちらに住んでいるかはご存知ですか」
「さぁ…実を言うとよく知りませんが、貧しい方々が住む地区に開業なさっているそうです。
…でも、今からなら警察署の方でお会いできるかと思いますけれど」
「いえ、それには及びません…」
ゲオルクはそう言って一瞬何かを考えるようだったが、エリオッティは特に気に留めなかった。


―――その日、グランプル警部はとんでもなく不運であった。
「これは、これはSr.グランプル。お元気そうですね…」
アッシュ・ブロンドの若者の殺気のこもった視線。その声にも冷ややかな侮蔑がこもっている。
キーン・グランプルはお世辞にも美男子とも偉丈夫とも言えない、痩身・細面の男である。
鉤鼻で、目は細く嫌味ったらしく整った髭を口元に生やしている。上司や部下には、やたらと誇り高そうに振る舞い、
彼が軽蔑する人種はこれでもか、とばかりに不尊な態度をとるのだった。
ただ、最近の彼はどちらにも入らない人間2人と知り合ってしまった。
ケインウッド・ミラ警部という同僚と、目の前にいるイゼル・へインズ医師である。
グランプルはむっつりしたまま、言葉にならないうめきを上げる。
「へインズさん、今日は検視の依頼は無いはずだが?」
「無いですよ。今日はミラ警部に会いに来たのですから。彼はどちらに…」
「私があの男(ミラ)の居場所を何故、知らなきゃならない?」
「でしょうね」
あっけないイゼルの同意をグランプルは気味悪く感じた。すると、黒い彼の双眸は冷笑を浮かべた。予感は的中した。
「ところで、Sr.グランプル。この前孤児院に行って、院長の女性を少々汚く罵ったそうですね?」
グランプルが口を開くよりも、イゼルが彼の革靴を踏みつける方が早かった。
「弁解は結構。あの時、のように、失神する程の体験をしたくなかったら、今後は気をつけなさるよう忠告しておきますよ、警部?」
グランプルの顔が痛みと怒りで青白くなりつつある時、彼らに近づいてくる者がいた。
「ドクター!遅れてすまない」
「お久しぶりです、ミラ警部」
最後に一踏みにじりしてから、イゼルはミラに向き直る。
視界の隅で苦痛にアエグ グランプルはもちろん無視して、二人は握手を交わす。
ケインウッド=ミラは6フィート近くの大男である。イゼル自身と身長はさほど変わらないが、ミラはがっしりした体つきのために、イゼルよりも長身のように感じられる。
しかし、大らかで義理堅い人柄が表面に出ているのか、恐ろしい印象は見受けられない。
「この前は捜査に協力…」
「よして下さい。私はあまり思い出したくないんです」
「…失礼」ミラは少し慌てて言った。
「いいえ。それより、今日は話があって参りました」
「ほう何ですか?」
「聖リグー孤児院に盗みが入ったと聞いたのですが、犯人はわかりましたか」
「もうご存じでしたか。それが、なかなか…担当が担当ですから」
最後の言葉は小声で告げて、ミラは苦笑した。
「証拠があまりないのです。それこそ、あの孤児院の狂言かと思える程に、でしてね。グランプルの手には余っているようです。我々も少々困っておりますがね」
「…組織ぐるみですね」
「その通り。当分我々の仕事は新手の組織の調査・撲滅ということになりますな」
「骨の折れる仕事になりそうですね。お体には気を付けて、無理はなさらない方がいい」
「自分ではまだ若いつもりなんですがねぇ…娘にもそう言われましたよ」
照れくさい、というふうにミラは笑ってみせた。仕事第一の警部の顔が一瞬、父親の顔になった。

20100121(20051103) writer 相棒・竜帝


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