Lighted Darkness -under children〜暗い陽の下の子供〜- 夜の冷気を切りながら、彼女は歩いていた。 この時間帯に若い女が街を出歩くことの危険性は、理解していない訳ではない。 だが―― 「お嬢さん ?」 その声は背後、すぐ近くから聞こえてきた。 心臓をわし掴みされた心地で、サラはさっと振り向く。 数分前に、孤児院でシスターと話していた医者。アッシュ・ブロンドの長身の青年。 近くで見てみると、第一印象より男は若いように思える。 ジャンよりは年上だろうか。外見は青年そのものだが、年不相応な雰囲気を持った男だ、とサラは思った。 この雰囲気と似た空気をまとう人間を、サラは知っていた。 「ええ、と…サラ?」 困惑したようにしながらも、月の光の下での彼の顔はあまり緩んでいなかった。 「…何か?」 明らかな冷たい反応に医者は微苦笑した。 「何がおかしい?」 「いや別に」と答えてから彼は漆黒の瞳でサラを見つめた。 奇妙な程、不透明なその眼差しに内心動揺しながら、彼女は踵を返す。 「――どこへ行くのですか?」 「あなたに言う義務はない」 「それでは私が困るな」 隣からの声に、サラはまたもやぎょっとした。 この男は今まで後ろにいたはず――サラは、まじまじと彼を見る。 「 …あなたは」 「そういえば」サラの声に重なるようにして彼は言った。 「自己紹介がまだだったかな?私は、イゼル・ヘインズ。貧民街で"林檎の木の遊び場"病院というところで子供を診ている、外科も診ているよ。一応」 「一応」という言葉に、サラは顔をしかめる。それにイゼルは気づき、 「一応、と言ったのはあまり外科の方に人が来ないからなのと、私の専門は小児科だから…別に構いやしないがね」 「失礼ですが」 サラは立ち止まって、イゼルに向き直った。イゼルの方も少しだけ目を丸くして、止まる。 「シスターに頼まれたんだろうが、必要ない。わたしは一人でも帰れる」 イゼルは黙った。怒っているのでもなく、呆れてもいない。ただ困っていて、苦笑する。 「ここら辺は危ない…狼に食べられるかもな?」 「その狼はあなたのことか?」 サラが半眼で告げても、イゼルは穏やかに笑うだけだった。 「こんな所で女性に襲いかかるほど空腹じゃあない。そのへんはご心配なく。 それに私は夕食はとらない主義でね。…で、そろそろ君の送り先を教えてくれるかい?」 嘆息しつつ、サラは呟く。 「…わかった。行き先は…『ラコステ』という酒場 だ」 ――そうして、歩き始めて数分後。 「…ドクター」 「イゼルと呼んでくれ」イゼルは視線をせわしなく動かしながら言った。 「では……イゼル」 足を止めてサラは不快そうに眉を寄せて言った。 「きょろきょろするのはやめてくれないか?」 「ん?」 それからイゼルは足を止めた。二、三歩の間が二人に置かれる。 「私が?いつです?」 「とぼけるな。さっきからずっと…!」 「気にさわるなら、残念だ。でも無理ですね」 「……なぜ」 サラは低くうめいた。イゼルは手で口を覆いつつ、答えてきた。 「次に来るときの近道を考えているので…」 「なぜっ?」 「それは…」 追求されると思っていなかったのか、イゼルは目を丸くした。が、それは一瞬。 彼は医者には似つかわないような、挑発的な微笑を浮かべた。 「それは、君にもう一度会えるかもしれないから」 「……は?」 サラは目を点にしていた。 「何言ってるんだ?」 「…と言ったら、和むかと思って…冗談だよ」 嘆息して、イゼルは両手をポケットにつっこんだ。 「…なんか、君は私の知人と似ているのでね。どう接したらいいか…」 「…似ていても、私はあなたの知人じゃない」 サラは足音高く歩き始める。すぐにイゼルはサラと肩を並べて歩き出す。 「話は変わるが、シリィ――シェルシーナと仲がいいんだな。大人には特に人見知りの激しい子なのに…君にはなついてたみたいだ」 「…そうかな」なんとなく落ち着かない気分でサラはうめいた。 イゼルは特に気に留めたよいすもなく、言ってくる。 「君に言うのも変だが、シリィとは仲良くしてやってほしい」 「…まるで父親みたいなことを言うな」 「それは、私とあの子のつき合いが長いからかな」 20100122(20060123) writer 相棒・竜帝 ← → LD TOP |