Lighted Darkness
 -under children〜暗い陽の下の子供〜-



ひどく鈍い音がした――。
手の平を通して伝わってきたのは、単調な振動。
もう充分に慣れ親しんできた、破壊の感触。
イゼルはちらりと自分の手と、石の壁の間にあるものを見た。
一人から剥ぎとったコートの向こうで粘質の液体と肉の存在を確かめる。
当然、コートはじっとりと気味悪い色になっていた。
その事に満足して、イゼルは手から力を抜いた。彼が手をはなしても、人間だった肉塊は地面に倒れなかった。
身動きもせず、死んでいる男は頭を壁に(文字通りに)めり込ませたまま立っている。振りかえり、告げる。
「あとは、お前だけだな」
―――見下ろされた男は、脂汗を垂らしながら必死に何かを訴えていた。
すでに男の顔からは血の気がいやというほど失せている。
冷たい石の地面の上で、彼は奇妙な角度で足首が歪んでいる右足と、全く動かない左の足で無様にもがいていた。
実際にはもがくほどの動きもできていなかったが。
混乱してうまく回転しない男の頭の中に、低い笑い声が響く。
「―――だから言ったろう?狼に食われるって」
非情な殺人者の声にかぶさって、ヒュー、ヒューという呼吸音が潰された喉から洩れる。
それでも、その声は聞こえてくる。
  「最近、誰も殺してなかったから…苛立ってたんだ。お前ら、運が悪いな…いや、いいのか」
低い笑い声。くっくっと喉の奥から洩れるのは、無邪気な楽しみ。
「まぁ、いいか。しかし、まぁ…あれだな。全く叫ばないというのもつまらんな」
ぐっと、背中が圧迫される。男は同時に息を止める。
或いは、止められたとも言う。
「男の叫びは聞くに絶えん…が、まぁせいぜい派手に血を見せてもらおうか」
視界が、一瞬暗くなる。
そして、見えたのは、板のようなもの。金属のような。
死体と。 血と。 板がよけられて。
だれか、の、首なし死、体。


「……退屈、だな」
誰もいない路地でイゼルはうめいた。
服には一滴の返り血も浴びていない。しかし、彼は不満な様子で舌打ちする。
男の首を切断した鉄板を無造作に放って、イゼルは歩き出した。
後には、死体だけが残された。


その家の窓には小さな明かりが灯っていた。
イゼルは裏口の戸を一度だけノックする。コン、と軽い音がした。
すぐに足音が近づいてきて、ドアが開く。
「おっかえりー」
「ただいま」
ドアの向こうで嬉しそうに笑っている少年の頭を撫でながら、イゼルは我が家に足を踏み入れた。
少年は、イゼルのあとをついてくる。
「先生、先生」
「ん?」シャツのボタンを一つはずしつつ、少年を見た。
「今日、何人殺ったの?」
「……リック」
苦笑を浮かべてイゼルはリチャード少年の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あのなぁ、そう簡単に人を殺った殺らないって言うな。誰かが聞いてたらどうするんだ」
「でも、・・・・・・仕事・・ してきたんだろ?」 「あぁ。でも、覚えてないよ」
「えー、何でだよ」
「数えるのは苦手でね」
「ねぇっ!俺が先生の助手になったら数えてあげられるよ!!」
何かにつけては先生の助手"になりたがるリチャードを、イゼルは困ったように見た。
「リック。一人殺すのも二人殺すのも同じようなものだけどな」
「・・・うん?」
「人が一人死ぬのと二人死ぬのは、ちょっとちがう。わかるか?」
「…う、うん」
うなずいたものの、少年は小首をかしげていた。
「ねぇ先生、わかったら…助手になれる?」
「いいや。もっと勉強しろ。頭の悪い助手はいらないよ」
「う゛ー」
むくれるリチャードをイゼルは笑って見ていた。


2010/01/26(20060205) writer 相棒・竜帝


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