Lighted Darkness
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次の日、午前十時。サラは孤児院にシリィを迎えに来ていた。
「じゃあ、シスター、明日の夕方には連れて帰ります」
「ええ。シリィ、楽しんでいらっしゃいね」
シスターは優しい笑みを浮かべて、シリィに言った。
「うん!楽しんでくる!行ってきます、シスター」
「じゃあ、」とサラはシスターに告げて、シリィに声をかけた。
「行こうか、シリィ」
「うん!」
サラが極わずかなシリィの荷物を持ち、シリィの手を引いて孤児院の門を出ると、見知った顔がいた。
「おはよう、サラ。それに小さなレディ?」
「どうしているんだ?」
「おはよう、ヨレヨレさん!」
「シリィ・・・酷いなぁ」そこにいたのはロバートだった。
シリィのヨレヨレさん≠ニいう言葉に、思わずサラも笑ってしまう。
「とりあえず、気を取り直して…お供させてもらうよ」
「・・・イゼルか・・・?」
シリィには聞こえないように、サラが言った。ロバートは荷物をサラの手から取りつつ、
「ああ、二人だけじゃ心配らしい…って、サラ?」
何だ≠ニでもいうように、サラはロバートを見る。
「いつから、イゼル、って呼ぶようになったんだ!?」
「……(少し考えて)気のせいだ…」
「気のせいじゃないだろ!?今呼んだよな??」
ロバートはなぜか嬉しそうである。
サラはそんなロバートを無視してシリィに言う。
「シリィ、どこか行きたいところはある?」
「う〜んとねぇ………骨董品アンティーク が見たい!」
それを聞いていたロバートが口を挟んだ。
「骨董品なら、三番通りの奥にいい店が多いよな」
「…詳しいな」
「まあね」
得意気に答えるロバートにすかさずシリィが突っ込む。
「男なのに」
その突っ込みに思わず、サラとロバートは転びそうになった。
「シリィ〜、何でそう、俺に突っかかるんだ?」
「だって、お兄ちゃんみたいにちゃんとしてないんだもん」
「お兄ちゃんみたいに、って俺だって十分ちゃんとしてるだろ?!」
「けど、シリィ?ロバートもなかなかなんだよ?」
珍しく(?)サラの優しい一言にロバートはいつもの調子で返す。
「だよな〜、サラはわかってるねぇ〜」
「・・・行こうか、シリィ」
「うん!」
「おい!サラ、無視しないでくれよ〜」
三人はそんな風にふざけながら、骨董品を見るべく三番通りに向かった。
そんな三人の様子を伺っている者がいることに気づかずに…。

一方、イゼルはオックスフォードの“実家”にいた。
高名な家柄の屋敷が集中するのは街の中心からやや離れた居住区。
中でも際立って古めかしい外観の屋敷は、ティンロット子爵家という由緒ある貴族の家である。
屋敷の窓もない部屋に、イゼルはいた。いた、というより閉じこめられていると云った方が正しいかもしれないが。
大して座り心地のよくない椅子に座り、彼は暇をもてあましていた。
肘掛けで指をとんとん叩いては、そのことに気づいて止めて、また無意識のうちに指を鳴らす、ということを繰り返していたが、やがてイゼルは席を立った。
迷うことなくドアを開け、彼は部屋を出た。
「アステル!」
鈴をふるわせたような声に、イゼルは振りむく。
二十歳くらいの美女がふわりとした笑顔を浮かべて、歩み寄ってきていた。
「やぁ、フラニー。久しぶりだね」
イゼルがそう言うと、彼女はぱっと頬を赤らめた。
「来ていたなら、どうして顔を出さなかったの?私、さっき初めて母から聞いたのよ?あなたはいつも早く帰ってしまうから、探したわ」
「あぁ、すまない」
フラニーはイゼルの従妹で、叔母夫婦の愛娘である。柔和な美貌ときっちりと結い上げたペールブロンドと明るい青眼ブルーアイズ 。ほっそりした 体つきをしていて、かなりの箱入り娘であることは、その滑らかな指を見ればわかる。
「ねぇ…、どこへ行くところだったの?」
「いや、特には。退屈に殺される前に部屋から出てきただけだ」
肩をすくめながら、イゼルが言うと、フラニーは微苦笑する。
「父たちとは話しても楽しくないのよね?アステルは」
アステル・ティンロット――オックスフォードとティンロット家の領内のイゼルの名だ。
彼の母と駆け落ちした父の姓どころか、本名すら禁句タブー 扱いされている。
それぐらいのことに目くじら立てて怒るような心の狭さを持ち合わせていないが、イゼルが腹立たしく思っている事は別にある。
中庭へ向かうことにして歩いていると、フラニーがイゼル(彼女にしてみれば、アステル=ティンロットだが)を見上げながら言う。
「ね、アステル…あなた、この家からどうして出ていかないの?」
「…その質問は何度目だろうな」
「今まで一度も答えてくれなかったくせに」
少女めいた仕草でフラニーは眉を寄せた。
「どうして気になるのかな?」
「だって……アステルは伯母様の本当の子供ではない・・・・ のに、伯母様の面倒を看てるんでしょう? 立派なことだと思うけれど…大変なのには変わりないわ」
イゼルは、アステルとして笑ってみせた。
「たとえ血がつながってはいなくても・・・・・・・・・・・・・ 、母親だからね。苦ではないよ」
―――アステル・ティンロットは、ジュリア・ティンロットの“義理の息子”。
自分の容姿が侮辱されることなど何事でもない。不愉快なだけだ。
彼にとっては、もう会うことのない父と母の存在を取り上げられている状況こそが許せないものだった。
立ち止まりつつ、イゼルは言った。
「伯父上とご当主に会いにいかないか?」
極上の微笑みを浮かべて彼は従妹を見た。


Crocus¢蛯ォな窓の奥に、様々な物が並んでいる。
「ここだよ」サラは、シリィに微笑みかけて言った。
「入っていい?」シリィは嬉しそうに、サラに言う。
ロバートは急用が出来たとかで、ちょっと二人の側から離れていた。
ギギィィッと、重みのある音を出して店のドアが開く。
「いらっしゃい」感じの良い壮年の女性が二人を迎えた。
「ご無沙汰してます、アンナ」
「あら、サラじゃないの!それに可愛らしいお嬢さんも…こんにちは」
シリィはサラの後ろに隠れて、恥ずかしそうに挨拶を返す。
「こんにちは」
「アンナ、何か珍しい物は入ってる?」
「そうだねぇ」と言いながらアンナは店の奥へと入っていく。
「シリィ?見てまわっていいよ。ここは私のお気に入りのお店なんだ」
いつになく饒舌のサラも、シリィにとっては普通で。
シリィは「ほんと?」と声をあげて嬉しそうに店内を見てまわる。
「サラ」とアンナが声をかけてきた。
「美味しいお茶が入ったのだけれど、一緒にいかが?」と窓際の明るい場所に置いてあるテーブルへと呼んだ。
サラは、興味を示し、アンナのもとへと歩み寄る。
ふと、サラの目にとまった物があった――凝った装飾の箱。
「アンナ、その箱…」
「ああ、それは一昨日、船商が売りに来たのよ。気になるの?少し角が欠けてるのよね…」
サラは、その箱を手にとり、そっとその蓋を開けた。すると、心地良いオルゴールの音がした。
シリィはその音に気づき、手にとって見ていた置き物を元に戻してサラのもとに来た。
「…サ…ラ…?」
シリィはサラが泣いていることに気づいた。
「どうしたの?」
「え・・・何が?」サラは自分が泣いていることに気づいていなかった。
「サラ…泣いてるよ?」
シリィに言われて、初めて自分が泣いていることに気づいた。
「あぁ・・・何でもないよ。…アンナ、これ、譲ってくれないか?」
「そんな欠けていてもいい物なら」
「全然かまわないよ、いくら?」
「お金はいいよ、サラだもの」
「本当に?」
「えぇ、うちのバカ息子がいつも迷惑かけてるし」
「そんなことはないよ」笑っていうサラにアンナは「そう?」なんて言いながら
「それは譲るから、二人ともこっちへ来てお茶にしましょう」と優しく言った。
三人がお茶を飲んでいると、用事の済んだロバートがやって来た。
「やあ、アンナ」
「おや、ロバート。久しぶりねえ、元気だった?」
「あぁ、もちろん。で、サラとシリィは何かいい物あったか?」
「あぁ」
ロバートとサラが話しているのを見てアンナは驚いた。
「サラと普通に会話のできる男性ヒト がいたのねー」
「???」ロバートの頭の中に疑問符が浮かんだ。
「いいことだわ!」
まるで、自分の娘のことのように嬉しがっているアンナがそこにいた。
「ロバートは二人を迎えに来たのかしら?」
「そうなるかな。シリィ、何か欲しい物あったか?」
「うん!買ってくれるの?」
「値によるな」
シリィは顔を輝かせて、ロバートの腕を引っ張り、先程見ていた置き物の方へと連れていった。
「本当、可愛らしいわね。ところでサラ?」
何?とサラはアンナの方を見る。
「ロバートとはどういう関係なの?」
…どういう関係…?サラは少し考えてから「良き友人」と答えた。
その答えに少しがっかりした様だったが、「そう」とアンナは優しく微笑んだ。
「サーラー!ロバートったら、高いって言って買ってくれないのよー?」
「??」
サラは何だ?、といったようにシリィの方を見る。
シリィの手の中にあったのは、犬の親子の可愛い置き物だった。
「いくらだ?」
サラが訊くと、ロバートが答えた。
「60ポンドだよ、シリィにはまだ高いだろ?」
「…シリィ、それかして?」
「「え?」」シリィとロバートの声が重なった。
「アンナ、コレを彼女に。代金は私が払う」と言って、シリィから受け取ったそれをアンナに渡す。
「サラ、本当にいいの?」
「いいよ、だってすっと見てたでしょ?」
「うん…」
「貰えるものは素直に貰っておく方が得だよ、シリィ」
「サラ、得って・・・汗」
サラの言葉にロバートが思わずこぼす。
アンナがシリィに包んだそれを渡した。その代わりに、サラが小切手をアンナに渡す。
「70ポンド?10ポンド多いわよ、サラ」
「10ポンドはオルゴール代。欠けてなかったら、それくらいでしょ?」
「まぁ!」サラの言葉にアンナは驚いた声をあげた。
「じゃあ、シリィそろそろ行こうか」
「うん!」
「アンナ、お茶ありがとう。美味しかったよ、また来ます」
「ええ、私も楽しかったわ。あなたもまた来てね?」
とアンナはシリィに微笑む。シリィは、恥ずかしそうに、それでも嬉しそうにこくりと頷いた。
「じゃ」と言ってロバートが荷物を持ち、先にドアを開けた。
「気をつけてね」アンナは三人を外まで見送った。

「サラ?」
呼ばれたサラは何事か、とシリィを見る。
「ありがとう!」
シリィは笑顔でお礼を言った。サラは微笑み、シリィの頭を撫でた。
「Dr.が戻ってきたら、ちゃんとありがとうが言えたって教えようね」
「うん!!」
ロバートは、シリィとサラの仲の良さに一案めぐらせていた。


20111221(20060714) writer 深飛/竜帝



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