Lighted Darkness
 −contact point−



重々しく扉が閉まる。
それでも、しばらくはその扉を見つめる。
正しくは、隔てる扉の向こうにいる老人を。
イゼルは数秒過ぎてから、扉に背を向ける。老人――ティンロット家当主との会話は定まり通りの簡潔なものだった。
(…ディクソン・ティンロット…か)
母の状態の報告と、彼自身の近況の報告。それをいつも老人は無関心そうに聞いて、終わると退室を命じる。
はっきり言って手紙で送っても差しつかえないほどの遣り取りだった。
(今ではもう慣れたが・・・)
いつまでも慣れない、彼にとっての勝負はこれからだった。
笑いの衝動を抑えつけ、イゼルは舞台への扉をノックして開く。
「失礼します」
部屋には二組の男女がいた。壁際のソファに並んで座っているのはフラニーの両親である、ジョゼフ・エリザベス夫婦。テーブルの近くに立って勢いよく 振りむいたのはティンロット家の嫡子、イゼルの伯父にあたるダンカン・ティンロット氏。テーブルの席について茶を飲んでいたのは彼の妻のカトレアである。
「・・・父は何と?」
鋭く訊いたのは、ダンカンだった。丸眼鏡をつけた彼の顔立ちは、神経質じみた冷たさを漂わせており、妹のエリザベスとは似ても似つかない。
イゼルは冷めた微笑と共に答える。
「特に、何も」
「アステル。お前に聞きたいことがある」
来た、と思いつつイゼルは笑いを押し隠して無表情を装う。
「フラニーとデリックは?」
デリック、というのはダンカンの息子の名である。父親とは違い、実直な少年だ。
「・・・二人はいない。そんなことはどうでもいい」
「一体何でしょうか…この度伯父上の耳に入った下世話な噂というのは?」
先回りして尋ねると、ダンカンの神経質顔にさらに苦いものがにじむ。
「ニューマン家のことは覚えているな?」
「えぇ」相槌を打ちながら、イゼルが思い浮かべたのはニューマン家の夫婦のことだ。
彼らとは以前、アステル・ティンロットとしても会ったことがある。
「先々月、お亡くなりになったそうですが・・・」
他人事の顔で呟きながら、イゼルは頭の中を回転させてあの事件のことを思い出していた。何か落ち度・・・はあっただろうか、と。
「まさか犯人をつき止めたとでも?」
「婦人には若い愛人がいたそうだ。お前ではないのか?」
言いにくいことを直球でぶつけてくるのは、ティンロット家の家風なのか、とイゼルは微苦笑する。
「故人を侮辱するのはいい趣味とは言い難いですね」
「はぐらかさずに答えたらどうなんだ?」
「伯父上にそうおっしゃったのはどなたか存じ上げませんが、伝え聞きしたことを鵜呑みになさるのはそろそろお止めになった方がよろしいのでは?言葉を覚えたての子供ではあるまいし」
最後の一言は余計だったのは明らかで、ダンカンの額に青筋がくっきりと浮かぶ。
「口のきき方に気をつけろ…!」
「失礼。伯父上は道理もわかる大の大人・・・・でしたね」
ダンカンの背後の席で、カトレアが小さく肩を竦めた。
彼女の夫たる男は怒りのあまりに、言葉も紡げず口だけがわなわなと震えている。しかし、ダンカンもそこまで大人げのない男という訳ではなく、怒鳴りたいのをこらえた様子で再び詰問する。
「もういくつかある…オーレル伯爵夫人、ロッシーブ嬢とは?」
イゼルは半眼になって、伯父を睨んだ。
「夫や婚約者がいる女性ばかりですね?それじゃ私は…最低の下衆野郎じゃありませんか。いい加減にして頂きたい」
「本当なんだろうな?」
ダンカンは念押すように訊く。さすがにイゼルも怪訝に思い始めた。
「噂は噂ですよ。それとも確固たる証拠でも?」
「信頼できる情報源でな。少なくとも、お前のようなペテン師よりは」
言ってくれる、とイゼルは不敵に笑った。
「話はそれだけで?」
「質問に答えろ、アステル」
「わかりました」
銃があれば抜いていた、その感情をなだめつつ、イゼルは答える。
「答えは、ノーです。ニューマン夫人、オーレル伯爵夫人、ロッシーブ嬢。私が彼女たちに少なからず好意を持っていたことは認めますが、ね」
とイゼルは半分嘘をついた。正確には半分以上の嘘だ。
事実を挙げるなら、それは三人の女性と関係を持ったことぐらいだ。
どれも過去の話で、本職がらみのことで私情からではない。
好意など微塵もない。相手側がどう思っていたかは知らないが、彼自身は役得程度にしか思っていなかったのだが。
今時になって名が出てきたのは少々驚いていた。
「納得して頂けなくても結構。話が以上なら、私は帰ります」
ダンカンの鋭い視線を何でもないかのように受け止めつつ、イゼルは笑ったまま一礼をして、踵を返す。
後ろ手に閉じたドアから早速、何かを言い争う声が聞こえてくる。
言っていることはわからないが、エリザベスとダンカンのものだろう。
フラニーの話では、あの兄妹は間にジュリアがいた頃から、悪かった聞いている。間にいるのがイゼルになってから、それはさらに悪化した、とも。
(・・・自分たちの子どもを少しは見習ってほしいな)
嘆息しつつ、彼は閉塞感を振り払うかのように、歩き出した。


20111221(20060718) writer 相棒・竜帝


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