Lighted Darkness
 −contact point−



午後七時を少し回ったところで、ラコステに新たな客が来た。
「いらっしゃい・・・と、先生じゃねぇか」
ゲイルの一言で、サラとシリィ、それにロバートが反応する。
「お兄ちゃん!?」
店内には、常連の数人が来ていたが、特に気にしている様子はなかった。
「え?」シリィの声にイゼルは多少驚いた。が、迷わずロバートの隣に腰掛ける。
「今日は用があったんじゃないのか?」
ロバートよりも先に声をかけたのはサラで。それに少し驚くも、イゼルは軽く返す。
「ありましたよ、ですが案外早く終わったもので」
「そうか」
「ロバート、席かわって?」
シリィがロバートにそう言った。
「はい、はい、お嬢様」
シリィは嬉しそうに、イゼルの隣に座る。
「今日はちゃんとありがとう′セえたんだよ!」
シリィはイゼルに笑顔で言った。
「そうか、えらかったな」言ってイゼルはシリィの頭を撫でた。
「夕食はとったのか?」
サラが何気なくイゼルに訊く。
「いえ、夕食は食べない主義で・・・」
「何か飲むか?」
「あ、じゃあ・・・ミルクを」
「温める?」
「いえ、そのままで」
サラはそれを聞き、カップに冷えた牛乳を入れてイゼルの前に置いた。
「あ、イゼル」とロバートがその直後声をあげた。
「進呈します」とシリィの頭越しに指の間に挟んだ白い封筒を渡す。
「・・・これは?」
「まぁ見てみろ」
「君宛じゃないか、サラ。・・・私が見ても?」
「構わない」
硬い表情でサラが頷くのを見てから、イゼルは封筒の中身を取り出す。
「・・・麗しい僕のサラへ=v
「音読せんで、黙って読め」
イゼルのロウ玲な低音による音唱は聖書の一端でもあればおそらく見事なのだろう。が、この場合、
内容が内容なだけに――さらに本人が真面目くさって読み上げただけに妙に現実感をともなって聞こえた。
この時、ロバートだけでなく、サラやゲイルも一瞬顔が引きつっていた。
言われた通りに黙読するうちに、イゼルの表情に徐々に変化が現れる。
「感想は?」
「―――まぁ、あれだ・・・はっきり言うなら虫唾が走る」
「仮にも恋する男の想いラブ・レター に対してそこまで言うかお前…」
「変質者は一番関わりたくない人種だと言っただろう」
心底嫌そうに顔をしかめているイゼルをシリィは目を丸くして見上げた。
「お兄ちゃん、そんなにキライなの?」
「ん、あぁ…考えてることがよくわからないからね」
シリィの頭を撫でてやりながら、イゼルはもう一度文面に目を落とす。
何度か文面を往復する彼の視線をサラは訊ねる。 「ドクター?」
「宛先は、こちらの住所ですね」
「でも、サラはここに住んでないんだろ、おやっさん?」
ロバートの質問にゲイルは頷く。
「あぁ、そうだ」
「で、サラ。君はこの手紙の差出人に心当たりは?」
「ない。全く」
「キモチわるいもんねー」とシリィはサラに同意を示す。
少し黙った後、イゼルは声を落として告げた。
「差出人はこの店の客でしょうね」
「根拠は?」
少々困惑の色を浮かべてサラは問う。ゲイルは無表情でじっとイゼルを見ていた。
ロバートをシリィは黙ってイゼルの言葉に耳を傾ける姿勢であった。
「ここに届いているからです。小心者なのか大雑把なのか…前者でしょうが。あなたがここに来ることは知っているが、住所は知らないんでしょう。あとは、歌、ですね」
「・・・歌?」
「あくまで推論になります」
長く鋭く見える指でカウンターの表面をこつこつと弾きながら、彼は言った。
「私を彼は恐らく同じ日初めてこの店に来ています。常連客なら、"一目見た"なんて表現は使わずに、
"ずっと"とか"前から"と類似の表現を使うでしょうし、そもそも、こんな陰湿なことはしないでしょう? 」
カウンターのサラの横で、ゲイルが力強く頷く。サラは怪訝そうに言った。
「でも、何故同時期だと?」
「私の記憶が正しければ、あの日貴女が店に来て歌ったのは久しぶりだと、常連客らしき男性が言っていました。名まえは憶えていませんが」
そこでまたイゼルは手紙を見る。
「文面を見た限り、 と交際なさるのはお薦めできませんね。
  には貴女と恋愛する気は初めから無い・・・あるのは、独占欲と征服欲といったところです」
「よっく分かるな、そんな妖しい詩文だけで」
ゲイルが関心したように言った。イゼルは苦笑いを浮かべる。
「経験と独断と偏見があれば、ある程度は」
「「経験?」」
反応したのは、サラとロバート。イゼルははたと、しまった、という顔をした。
「何だそれ。初耳だぞ?」
「ドクター、あなたも誰かに送ったことが?」
「・・・・・・・・・私は貴女側でしたよ、サラ」
憮然と答えたイゼルにロバートは首を傾げつつ、笑う。
「お前にそんな事する酔狂な女性がいるとはなぁ」
「それよりも」
切りつける刃の鋭利さで遮り、イゼルは言った。
「こういう人間は意思表示が顕著になっていずれ実行に移る可能性が高い。それなりの警戒が必要かと・・・・・・何だい?シリィ」
袖を引く小さな手に気づき、イゼルは少女を振りかえる。
シリィは目を擦りながら呟く。
「おにいちゃん・・・ねむい・・・」
目蓋が下がりつつあるシリィを見て、イゼルは懐中時計を取り出す。
「ああ、もうそんな時間か・・。おいでシリィ」
イゼルが手を伸ばすとシリィはおぼろげな動きでその腕にしがみつく。
椅子からイゼルの膝の上に移動したシリィは気も早く目を閉じてしまった。
「これは早くベッドに連れていった方がいいな。じゃないと服がぐしゃぐしゃのしわだらけになるんじゃないか?」
「ありうるな」
ロバートの言葉にイゼルが苦笑した。
「マスター、シリィを休ませてあげたいんですが…」
「嬢ちゃんの寝台ベッド はこの上だよ、先生」
「案内する。こっちだ」
ゲイルの言葉を継いだサラはカウンターの中から手招きした。

サラが案内したのは屋根裏部屋。
月明かりが窓から覗き、明かりをつけなくても明るかった。
「そっちのベッドに寝かせてくれ」
イゼルは言われた通りにシリィを窓側のベッドに寝かせる。サラが着替えをもってベッドに腰掛けた。
「・・・イゼル?」
「はい?」
「シリィを着替えさせたいんだが・・・」
「ええ、どうぞ」
「・・・少女の着替えを見る趣味が?」
「え?いや…え?そういった趣味は・・・ないですよ?」
と答えつつ、イゼルは後ろを向いた。サラはそれを確認してから、シリィの服を脱がし寝間着に着替えさせた。
サラはそういうことも慣れているのか、すぐにイゼルに声がかかった。
「もういいぞ」
イゼルはシリィの頭の方に腰掛け、その寝顔を見て優しい笑みをこぼす。
サラはシリィのワンピースを洋服掛けにかけている。と、イゼルがふいにサラに話しかけた。
「今日はありがとう」
「・・・?何が?」
「シリィを遊びに連れ出してくれて」
「構わない。・・・私もシリィのおかげで、とても大切な物が手元に戻ってきたから…」
サラは、店に戻るか、と促すようにイゼルに目を向ける。
「・・・手紙・・・」
「え?」
「先ほどの手紙の人物には、気をつけたほうがいい」
「・・・あぁ」
そういうとサラは床から階下に延びている梯子のような階段を下りていった。
イゼルは一度、シリィの顔を見てその後に続いた。


20120123(20060822) writer 深飛/竜帝



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