月夜に彩られて -Lighted Darkness-



その道しか残されていなくて

それでも人は生きていかなくてはいけなくて



コトノオワリ



クレアが[∀∃エース ]を抜けて明日で丸五年が経とうとしていた。
[∀∃]時代に築いた実力と信頼は独立してからも変わることなく
その顧客数は口コミで徐々に増え毎日が忙しくなっていた。
そして、顧客数に比例するように依頼の内容は複雑になったり
大掛りなものも少なくはなかった。
そんな感じだったから最愛の妹と大好きな祖父母に会える時間は削られ
最近ではまったく会えない状態が続いていた。


現在クレアが請けていた仕事は
後ろに大きな組織が絡んでいることは確かで。
単独でこの仕事をしているクレアにとって、組織絡みというのは危ないものだった。
しかし。だからといって、依頼を断れるはずもなく…
クレアは危険を承知で今の仕事をこなしていた。


もしもアタシの身に何かあったら…アタシの貯金を、家に毎月届けて欲しい…


ここの所、いつもクレアはイゼルにそう頼んでから仕事に取り掛かっていた。
常に生きて戻れないことも視野に入れておいたから。
一日一日を潔く過ごしていて。
イゼルとは…イゼルだけには、常に連絡をいれていた。
ただ単に元同僚というわけでなく。
ただ単に心に居る人というわけでなく。
その存在がクレアを支え、駆りたて、惑わす。
そんな存在だったから。

・・・愛した、人・・・

そんな形容が当てはまる人だったから。
それでも・・・一緒に居ては、いけなかった人。
強い自分ではいられなくなるから…。
最期の時は、傍にいて欲しくなかった人だから。
自分からその存在を遠ざけた。





運命の日。
その日の朝はいつもと何も変わらず。
今日が最期の日になるなんてクレアは思ってもみなかった。
否。
本能的に、それが近いことは予感していたから。
わかっていたのかもしれない。





最期の時まで残り五時間。
クレアは今日で現在請けている依頼を終わらせる予定だった。
獲物にはもう十分過ぎるほど近づいた。
獲物がクレアに警戒することはない。

・・・はずだった。

しかし。クレアは気づいていなかった。
今回の依頼がすべて仕組まれていたものだったということに。




最期の時まで残り四時間。
クレアは獲物との待ち合わせをしている酒場に来ていた。
時刻は午後七時半。
その日のクレアは黒のナイトドレスを身につけていた。
得物はナイフとアイスピック。
ガーターベルトを加工してクレアは其等を隠し持っていた。
…今回の獲物はクレアからしてみれば、何の魅力もない
金と女が好きなただの中年の男だった。
「今夜はどこに泊まるの?」
本来の彼女の透き通るような声ではなく。
そういった男が好む猫撫で声で話しかける。
二人が向かった先は…
クレアの最期となる舞台。





最期の時まで残り三時間。
ホテルについて部屋に入るとクレアはまず先に
男にシャワーを勧める。
その間に得物を所定の位置に隠す。
男は上がってくると女のそのままを好んだ。
だからクレアがシャワーを先に浴びることはない。
演技だけの嬌声をあげ、感じているように見せる。
それが演技であることは微塵も感じさせずに。
行為が終わるといつもどおりなら
男はそこで眠るはずだった。
だが。
今夜は勝手が違う。
男がルームサービスを頼んだ。





最期の時まで残り二時間。
ルームサービスが来た。
男はクレアに部屋の扉を開けるように言った。
もちろん、あやしまれないように従う。
しかし。
その扉を開けることが最期の時へのカウントダウンの始まりだった。
雪崩れ込んできたのは五人。
最後に一人がゆっくり入ってくる。
その男が、かつて愛した男だったことにクレアは

 あぁ・・・最期の時か・・・

と頭の片隅で冷静に判断した。






「久しぶりだな。」

「そうね」

「相変わらず、綺麗だな」

「それはありがとう」

これから死への幕があがろうというときにそぐわない内容の会話。
それは、かつて一度は愛し合った男と女だから

「今ならまだ間に合うぜ?どうする、戻ってくるか?」

「馬鹿にしないで、言ったでしょ。人に命令されるの好きじゃないって」

「そうか。それは残念だ。だが、仕方あるまい…これも仕事だ」

男が―アシード・シュナイダーが―そう言ったのと
クレアが得物を掴んだのはほぼ同時だった



いくら場数を踏んで

死神の娘

と恐れられても

所詮は女

男六人の力に敵うはずもなく

クレアの体はいいように

傷つけられ

嬲られ

虐げられた


「・・カハッ・・」

横たわったクレアは

一人の男に胃を踏まれた

口から鮮血が飛び散る

「どうだ?やっぱり戻る気になったか?」

クレアの顎を指で持ち上げアシードはそう訊ねる

一瞬、口角をあげて蔑んだように笑うと

クレアはアシードの顔に

血のまじった唾を吐きつけた

もう言葉を発する気力は残っていない

「そうか・・・」

アシードは言いながら、吐きつけられた唾を手の甲で拭うと

胸ポケットからピストルを取り出した

そしてゆっくりと引き金を引く

クレアは最後の力を振り絞って

落ちていたナイフを拾い

アシードに向けて投げ飛ばした





それがアシードに刺さったかどうかを確認する前に

クレアの意識は途切れた

一瞬先にアシードのピストルから放たれた弾丸が

クレアの左胸を貫いていたから



クレア・ショールズ 享年二十四歳
その最期は死神の娘≠轤オく
悲鳴をあげることも助けを請うこともなかった
ただ一筋の涙を残して・・・



End



2010/01/22(20050915)
ダークです…
彼女が最後に流した涙は…
誰を想ってのものだったのでしょうか。
彼女の遺体を検死したのは他でもないイゼル・へインズです。
そのへんの話はまた別な機会に。
言う事きけないの?とリンク。
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