大丈夫?と気遣う声が切ない シリーズ咲智+修斗



その日は朝から雨が降っていた。


ケンカなんて滅多にしない、咲智と修斗が初めて大きなケンカをして今日で三日が経った。

「ねぇ、咲智」

昼休み。紙パックの苺ミルクを飲んでいた哉子が窓の外を見遣りながら、咲智を呼んだ。

「今さら、だけど。何で、修斗とケンカしたの?」
「・・・え?」

哉子の問いに、咲智はギクッという効果音が付いているのではないかと思う位、肩を揺らした。

「ケンカした理由、聞いてないわよね?」
「う、うん・・言ってない」
「・・・」
「・・・」
「もう3日も経つんでしょ?」
「え?な、なんで・・」
「わかるかって?そりゃ、わかるわよ。修斗、見るからに機嫌悪いし」

哉子の言葉に、咲智は瞳を閉じて眉を寄せた。

「・・ったく、言いたくないならいいけど。相談くらいしたらどうなのよ。もう卒業まで三ヶ月もないっていうのに」
「・・ごめんね、ありがとう」
「で?どうしたっていうの?」
「・・私が、修くんのこと怒らせちゃったの」
「怒らせたって、何したの?珍しい」

哉子は三年間、咲智を一番近くで親友というポジションで見てきたが、人を怒らせるようなことは滅多にしなかった。
だから、咲智の言葉に驚いた。この穏やかな親友は何をしたのだろうかと。

「・・卒業、してからどうしようか、って」
「・・・はっ?」

咲智の今の言葉だけでは、修斗が怒る原因がわからない。

「・・私が卒業して、・・その後も、付き合っていくかどう」
「咲智」

哉子が咲智の言葉を遮った声は、驚く程、低く硬いものだった。

「あんた、まさか、別れようなんてこと言ったんじゃないでしょうね?」

哉子の言葉に咲智は言葉を返すことが出来ない。事実、咲智は修斗にその話をして怒られたのだから。

「ばっかじゃないの!?修斗じゃなくても怒るわよ!!」

哉子の大きな声も、昼休みの喧騒に紛れて目立つことはなかったが、咲智はやっぱり…と身を縮こませた。

「修斗がどんだけ咲智のこと好きで、大事にしてるかってことくらい、わかってるでしょ!?」
「う、うん・・」
「だったら、何でそんなバカなこと言ってんのよ」
「・・・だって」
「・・アイツの時みたいに、会えない間に好きな子出来たってフラれるのが恐いから、なんて言わないわよね?」
「ッ!!」

息を詰まらせた咲智に哉子は、寂しそうな、けれど優しい瞳を向けた。

「咲智、・・大丈夫。修斗はアイツとは違うから」
「哉子・・」
「だから、そんな泣きそうな顔してないで、放課後にでも修斗に謝りなさいよ」
「わかった・・。ありがとう」




放課後、咲智は修斗を探していた。けれど、校舎内で修斗を見つけることは出来なかった。
今日は朝から雨が降っている。
野球部の室内練習も既に終わっているというのに、修斗はどこにいるのだろう。
咲智が校舎内を疾走していると、哉子と野球部現主将の須賀が揃って咲智のもとへ走ってきた。

「咲智(安藤先輩)!!」
「哉子!修くんが、いないの」
「知ってる!!だから伝えにきたの!!」
「え・・?」

動揺している咲智の肩に両手を置いて、哉子が言葉を紡ぐ。

「あのバカ、この雨の中、一人グラウンドで練習してたってさっき帰りがけの部員から連絡あって」
「けど大橋、止めても一向にやめなくてそれで、安藤先輩の言うことなら聞くかなって!!」
「私の所為だ・・、わかった、ありがとう!!」




咲智先輩とケンカして三日が経って。
俺と咲智先輩はこの三日間、一言も口を聞いていなかった。
だって、まさか好きなのに、別れ話をされるなんて思ってもいなかった。
それよりも何よりも、それだけの信頼しか咲智先輩にされてなかった、とか俺がどんなに咲智先輩を好きなのかとか、わかってもらえてないと思ったら 悔しくて寂しくて…先輩の気持ちを考えるより先に、怒鳴ってた。

「あーぁ・・・だめだな、俺」

今日は雨が降ってた。室内練習が終ってから、俺はイライラをどうすることも出来なくて。
この雨の中、グラウンドに来て、一人練習してた。
途中、帰りがけの仲間に見つかって何やってんだって怒られてもう止めるように言われたけど、そんなこと聞き入れずにこうして力尽きるまで練習してた。
けど、室内練習後の疲れた身体で走ってグラウンドまで来た所為か、思ったより身体は疲れてたみたいで。きっと雨にも体力を奪われたんだと思うけど。
今、俺はマウンドの真ん中で大の字になって仰向けで倒れてた。
だから、気づかなかった。
傘を差した咲智先輩が、やって来てたことに。

「大丈夫?」

言葉と共に、顔に降ってきていた雨が先輩の傘によって遮られた。

「・・・咲智、先輩」

先輩は何も言わずに、傘を差したまま、その場にしゃがみこんだ。

「・・大丈夫?」

いつもと変わりない、その優しい声が切なくて。でも、心配してくれてるのが、嬉しくて。
じっと何か言いたそうに、俺の目を見てくる先輩が愛しいと思った。
やっぱり、別れるとか無理だ・・≠ニ思いながら、俺は目を閉じて言葉を紡ぐ。

「・・大丈夫っすよ。・・俺、やっぱ先輩が好きです。だから」
「ごめんなさい!!」

俺の声を遮った先輩の声の大きさに驚いて、俺は目を開けた。

「修くんの気持ち、何も考えてなかった。ただ、自分のことばかり考えて」
「・・先輩・・」
「恐かったの・・また、離れてる間に好きな子が出来たって言われたらって・・」

その言葉に俺はハッとした。そうだった、と。
俺が先輩を意識し出した原因を考えれば、先輩が悩んでいたに違いないと思った。

「でも、哉子に怒られちゃった。修くんじゃなくても怒るって、バカでしょって・・ごめんね」

そう言って言葉の途中から泣き出した先輩は、泣きながら笑った。
俺は上半身を起こして、先輩に向き直る。そんな俺を傘に入れようと先輩は傘をずらしてくれた。

「俺も、怒鳴っちゃって、すみませんでした・・けど、俺」

先輩が好きだって気持ちに嘘はない。これからも好きでいる自信もある。
これからも先輩の傍にいるから、だから・・・

「先輩と別れるつもり一切、ないから・・だから、別れるなんて言わないで」
「・・う、ん・・修くん、ごめッ・・」

もういいと思ったから。先輩には、ちゃんと伝わったと思うから。
先輩の謝罪の言葉は、キスで塞いだ。
雨で冷え切った指先には、触れた先輩の頬がひどく熱く感じた。

「咲智、もう泣かないで」
「修くん・・」

まだ早いと思っていたその言葉も、今ならすんなり言えると思った。

「・・愛してる」
「!!・・私も愛してる」

交わった視線に、お互いフッと笑ってまた口付けた。
もうケンカはしたくないと思った、少し大人になったと思う雨の日。



 20100113 [20070201]

切ない系は読むに限る。

歳の差カップルに10題(年下視点)
Special Thanks:キミの記憶、ボクの記憶

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