想いと距離と

俺の大切な人は、俺よりもずっと大人。
俺はまだ大学生で。彼女は立派に社会人。
縮まることの無い年齢差と、交わらない社会的地位に何度、憤りを感じたかわからない。
それでも別れないのは、俺が彼女を愛してるから。

私の大切な人は、私よりもずっと若い。
私は今年社会人二年目で、彼は大学三年生。
触れあうことのない日常生活に、変わることない年齢差、偶に感じる距離は否めない。
それでも別れないのは、私が彼を愛してるから。



最近、俺はサークル活動とバイトが忙しくて、ろくに怜と会えていなかった。
怜も何だか残業が続いてて、部屋に帰るのは二十二時を過ぎることが多いってメールでいってた。

それでも、本当は逢いたくてたまらないのに、怜の温もりをこの手で感じたいのに、
互いを取り巻く状況を楯に取って、素直に逢いたい≠サの言葉を紡げずにいた。
俺の我侭を言うことで、怜に嫌われたくない、という思いから。

ある金曜日、大学の講義を終えて携帯をチェックすると二件メールが入っていた。
一件は、サークルの友人からのコンパの誘いのメールだった。
とりあえず、そのメールへの返事は保留にしておいて、俺はもう一件のメールに目を通した。
俺はそのメールを見た瞬間、顔の筋肉が一気に緩むのを感じた。
それは、待ちにまった怜からの、仕事が一段落つく、というメールだったから。


――今日中に、一段落つきそうなの?

――うん、だから…逢いたいな、って。今日バイト?

――いや、今日は休み。じゃあ、…部屋行っても?

――OK…8時くらいには帰れると思う

――夜、何食べたい?

――作っててくれるの?嬉しいなぁ!じゃあ、篤希お得意のパスタがいいな

――いいよ、じゃあ作って待ってるから。また今夜

――うん、また今夜


怜とのメールを終えても、緩みきった顔を元に戻すのはあまりの嬉しさに至難の業だった。
それは、友人たちに「ニタついてるけど、どうした?」って何度もつっこまれるくらい。
それくらい、嬉しかったんだ。
けど、この時の俺はやっぱり社会のつくりってものを甘く考えていたんだ。


怜の家に行く前に一旦、俺は自分の部屋に寄ってシャワーを浴びて着替えた。
それから、必要な食料品を買いにスーパーに寄って、怜の家に向かった。
怜の家と俺の家は車で30分くらい。お互い車持ってるから、そんなに不便だとは思わない。
ま、俺が怜の家に行くことの方が断然多いんだけど。
怜、運転してたら飽きてくるんだ。だから、いっつも俺の助手席。


そうこうして、怜の家についたのは7時半少し前だった。
俺はとりあえず、ソースだけ作っておくことにした。パスタを茹でるのは怜が帰ってきてからでも十分だし。
そう思って俺はソースを作り終わると、ビデオを見ながら怜の帰りを待つことにした。
しかし、ビデオを見始めて既に20分。時刻は8時15分を過ぎたところだった。
8時くらいには帰れる、怜はそう言っていた。そういう時は遅くても10分にはいつも帰ってきていた。
何かあったのか、と心配になって電話をしてみても、無機質な機械による応答だけ。
メールをしても反応がない。
俺はだんだん不安になってきた。怜は普段、会社までバスと電車を使ってる。
夏ダイヤでバスが5分以上遅れるなんてことはない。電車は稀に事故とか車両故障で遅れることはあっても…それなら怜は連絡をくれるはず。
俺は時計を確認すると、ビデオを消して部屋の入り口の外で待つことにした。
ドアの横の壁を背に大の大人がしゃがんでるのは怪しいだろう、っていうのは重々わかってはいたけど。
それでも、部屋の中でじっと待ってるのは耐えられなかった。
5分置きに携帯を確認して。その度に、携帯を握り締めて。
気づいたら、雨が降ってきていた。天気予報じゃ、一日晴れるって言ってたのに…とどこか頭の片隅で思う。
何だか、天気にまで見放されたような気がした。



どれくらい経っただろう。雨はいつの間にか止んでいた。
不意に車のエンジン音が聞こえて、怜のアパートの前で止まった気がした。
携帯を確認すると、やっぱり何の連絡もない。時刻は9時20分を回ったところだった。
そして、聞こえてきた人の話声。紛れもない、それは怜の声だった。でも、耳につく男の声も一緒。
一瞬腹が立ったけれど、どうもよく聞くと怜は嫌がっているようだった。
俺はそう判断すると考えるよりも先に、身体が動いていた。

「ちゃっとくらいいいじゃん?」

「いや、ほんとに困ります」

「何で?せっかく一緒に今回企画してきたんだし…ね?」

「確かに、お世話にはなりましたけど、それとこれとは別です。放してください」

「まぁまぁ」

俺が上から確認すると、タクシーから降りた怜の腕を男が掴まえていた。
スーツの袖が見えてることから、同僚か上司だろう。
俺は居ても立ってもいられなくて、階段に足をかけた段階で声をあげていた。

「怜!!」

「ッ!篤希!!」

「ん?何だね、君は…」

俺は怜のところまで行くと、怜の腕を掴んでる男の手を力任せに外した。

「アンタが誰か知らないけど、嫌がってる女を無理強いはよくないんじゃないの?」

「なッ、君には関係ないだろ?だいたい、君は彼女の何なんだね」

「関係なくないから、言ってんだ!怜は俺の恋人なんだから」

「篤…」

「怜は黙ってて。わかったなら、早く行ってくんない?運転手さん、悪いね、もう行っちゃっていいよ」

俺がそう言うと、運転手さんが危ないからお客さん、ちゃんと乗ってくれ≠チて男に言ってドアを閉めて走ってった。
去り際、男が睨んできてたけど、そんなの気にしない。
俺は後ろで、固まっている怜に向き直った。瞬間、怜が抱きついてきた。

「篤希!篤希!」

「遅かったから心配した…おかえり」

「うん、ごめんね。ただいま…あと、ありがとう」

「何が?」

「助けてくれて。あの人、一緒に仕事するようになってからしつこくて困ってたの」

「ん?なに、ずっとあんなの続いてたの?」

言いながら、俺は怜を部屋へと促す。

「うん…でも、いつも誰か彼かが一緒にタクシー乗ってくれてて助けてくれてたんだけど…」

「今日は?」

「皆、打ち上げに流れちゃって…」

「…怜、ご飯食べてきたの?」

「ううん、あたしは行ってない。すぐに帰ってこようと思ったんだけど、あの人に掴まってお茶だけ飲んできた…ごめんね、連絡入れれなくて。充電切れちゃって」

怜の部屋に入ると、とりあえず一緒にソファに座った。
会えなかった分、お互いの温もりが愛しかった。

「よかった。事故にでも遭ったのかって心配した」

「うん、ほんとごめん…って、篤希、何でこんなに身体冷たいの?」

「……心配だったから、玄関の外で待ってた…」

「うそ!?」

「ほんと…でも、気にすんな。俺が勝手にそうしたかっただけだから…着替えてきたら?俺もご飯準備してくる」

微笑んでそう言っても、怜は眉間に皺を寄せたまま、申し訳ないって顔をして項垂れた。

「ほらほら、項垂れてないで。俺、お腹空いてるから。怜もお腹空いてるだろ」

「うん…じゃあ、着替えてくるね」

怜がソファから立ち上がるのを確認して、俺はキッチンに立った。
少しすると、怜が後ろから抱き付いてきた。
普段、そんなに風に甘えてくることなんてないから、どうしたのかと不思議に思った。

「怜?どうした?」

「…篤希、大学車で行ってるんだったよね」

「ん?うん、そうだけど?」

「…じゃあさぁ、一緒に暮らさない?」

「え?」

怜の突然の提案に、俺はパスタを混ぜていた手が止まった。

「今回みたいに、会えないの…淋しい」

「怜…」

「篤希は、淋しくなかった?あたしの仕事が原因で時間作れてなかったから、会いたいっていうのあたしは我慢してた…」

「…俺も会いたくてどうしようもなかったよ。ただ、怜の負担になったら困るから、俺も言うの躊躇ってた…」

「そか…じゃあ、やっぱり一緒に住んじゃおうか」

「そうだな…とりあえず、食べながら話さないか?出来たから」

「うん!お皿、お皿」

俺の背から離れてお皿を出している怜を見ながら思う。
俺だけが、会いたいのを我慢していたわけじゃないんだと。怜も淋しかったんだと。
そう思うと、今まで以上にすごく怜が愛しく思えて。
お皿を持って、パスタを盛り付けてる怜を今度は俺が後ろから抱きしめた。

「怜、」

「ん?」

「愛してる」

「あたしも愛してるよ」

振り向いた怜を抱きしめて、俺のすべての愛を込めたキスをした。



俺の大切な人は、俺よりもずっと大人。
俺はまだ大学生で。彼女は立派に社会人。
縮まることの無い年齢差と、交わらない社会的地位に何度、憤りを感じたかわからない。
それでも別れないのは、俺が彼女を愛してるから。


私の大切な人は、私よりもずっと若い。
私は今年社会人二年目で、彼は大学三年生。
触れあうことのない日常生活に、変わることない年齢差、偶に感じる距離は否めない。
それでも別れないのは、私が彼を愛してるから。



これからもずっと一緒に――


深飛 / 2010年01月13日
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