きみはかよわいおんなのこ

おふくろが亡くなって、俺は慣れ親しんだ街を出た。
大概のことは気にかかることなんてなかったけれど、一つだけ。
そう、たった一つだけ。
気がかりといえば、いつも何かあると俺を頼ってくれていた少しだけ年下の彼女のこと。
いつも気丈に振舞っていたけれど、俺の前ではよく涙を見せていた強がりな彼女。


怜は初めてということで、ひどく楽しそうにしていて
飾りつけはどうしようとか食べ物はどうしようとか、一ヶ月も前からあれやこれやと考えていた。
篤希はそんな怜を見てるのが楽しかった。



彼女と知り合ったのは、俺がまだ二十歳を少し過ぎた頃。
彼女はその春高校に上がったばかりの十六歳だった。
とても頭の回転が速くてしっかり者だった彼女は、同年の子たちといるといつも頼られる側にいた。
だから、いつも無理してるんじゃないかと思って、気がついた時にはよく気に掛けるようになっていた。
そんな彼女が、俺に淡い恋心を抱いてくれているんじゃないかと思ったのは、知り合って少し経った頃。
その頃の俺は、別に好きな奴がいて(それも一度告白して振られたのに、未練たらしく諦められずにいたような)、
そんな状況だったから彼女の電話越しの告白に"妹みたいに思っている"と伝えるに留まった。
(もっとも、彼女も俺に好きな奴がいることをわかった上で、気持ちを留めておくことが辛かったから 言いたかっただけなんだと言っていたけれど。)


その告白のあとも俺と彼女の関係はかわらなく、時間が合えば飯を食いに行ったり遊びに行ったり。
彼女が何かにぶつかって苦しいときや辛いときは話を聞いて励ましてやって。
そんな中、彼女に彼氏が出来たこともあったけど、 (俺が好きだった奴は、別の男と結婚して…俺はそれで吹っ切れたけど)俺が誰かと付き合うことはなかった。



そうこうしている内に、社会人になった彼女に新しく男が出来た。
俺が言うのもなんだが、それまで彼女はあまり男運に恵まれているとは言えなくて…
彼女の話を聞いては、何度そんな男辞めちまえと密かに思ったか知れない。
けど、今度の男は話を聞く限りじゃ優しくて真面目に働いてもいるようだったし見た目も悪くなくて、今度こそ彼女は幸せになれる、 そう思って俺はある時から彼女に抱いていた自分の気持ちに蓋をして、街を出たというのに。





「慎くん……会いたいょ…」





突然掛かってきた電話の声は、弱弱しくて、俺の思いを裏切るものだった。
久しぶりの電話は、やっぱり彼女のSOSで。
俺はその夜、ずっと彼女の話を聞いてやった。


"最初は優しかったんだよ、だけど一緒に暮らすようになったら変わっちゃった…"


"私は彼の家政婦じゃないのにね"


"もちろん今も優しくないわけじゃないけど、こんなにいろいろ制限されたら苦しいよ…"


"あたし、…どうしたらいいかな。ねぇ、慎くん……会いたい、会いたいよ"


"会って、いつもみたいにギュッてしてほしい…"



最後は泣き崩れて、それだけを言った彼女に、俺は今すぐに飛んで行って抱きしめてやりたかった。
だけど、それが叶わない物理的距離を恨めしく思い、携帯を持っていない右手をぐっと握り締めた。


「なつみ、」


「ん…なぁに」


まだ涙の止まりきっていない彼女の声に、彼女の泣き顔が脳裏に浮かぶ。
一人で泣かせたくない。そう思った。


「週末、会いに行くから空けておけ」

「慎くん…」

「わかったら、今日はもう寝ろ。泣きすぎたら頭痛くなるだろ」

「ぅん……慎くん」

「なんだ?」

「ありがとう…声聞けてよかった」

「あぁ…じゃあ、おやすみ」

「ぅん、おやすみなさい」


ツーツーと通話が終えた音がすると、俺は携帯を放り出して座っていたベッドに上半身を投げ出した。
そして、やっぱり彼女の側から離れたのは間違いだったか、と煙草で汚れた天井を睨みつけた。
彼女の涙をぬぐってやれる、その距離にいたいと、そう思った。


深飛 / 2013年4月5日
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