煌く綺羅の夜 -第十一章 真夜中の静寂-


扉を開けてもやはり、宿屋内は暗闇だった。
気絶した稚林を送り届けて、鎧綺は宿屋にもどってきていた。
(姉貴は…?)
煌瑚の部屋に向かった時、白いものが浮かびあがった。人のように見えるそれは…。
(幽霊…!?)
「…何だ」
長身の黒髪の男が無表情に呟く。四葉だ。
「あんたかよ…白い光のローソクなんて使うなっつ」
「蝋燭?そんなものは使ってない」
白い光はふわっと移動した。電灯のように部屋全域を魔法の光球が照らす。
(イヤミかよ…)
「弟と蓮花は?」
「…見てない。それより、姉貴はいるのか?一体、…」
「ヨーシュがいる。蓮花を連れてこい(命令形)」
「なんで、俺が…」
「二度も言わせるな。年長者は敬え」
四葉は真顔で告げていた。
ぶつぶつ呟きながら鎧綺は出ていった。ドアが閉まる音を聞いたのち、四葉は踵を返した。
白い光を移動させて、行く先を照らす。
部屋の前で立ち止まり、軽く叩く。扉の向こうから足音が近づいてくる。
扉が開く前に、四葉は光球を扉から遠ざけた。扉が開き、部屋の灯り―といっても月灯りだ―が洩れた。
一瞬、寝台に横たわる人間の姿が見えたが、それは一瞬のことだ。
「・・・どうだ?」
四葉は訊ねた。ヨーシュは笑う。しかし、以前の笑い方とは大分違う。
「彼女なら眠ってますよ」
「お前のことだ。・・・さっきの話じゃ相当危険だと思うが」
「ああ、多分平気だと思う。その気になったら眼をえぐりだすだけだよ」
最低限の無機質な笑みを浮かべるヨーシュははっきりと言った。
「一時しのぎにしか、過ぎないぞ。・・・ただの結界だ」
「それでも、今、彼女は外界に触れない方がいいと思う」
ヨーシュは答えて部屋にもどった。

ドアを閉めて、彼女を眺め思い出すのは――――過去の自分。
彼女より酷い状況だったと言えるし、そうでもないとも言える。
ただ、自分は人間ではなくなってしまった前から、心を閉ざす術を持っていた。
自分が孤独な存在だと気づいたのは、母が死んだ時。自分は涙することもなかった。
死んだ父も、母も心から愛していたが、彼らにすら心を開いていない自分がいた。
人の死に無感動になっている心が泣いたのは、先師の死。それ以来、逆に涙することはもう無かった。
ヨーシュは何気に寂しくなった左耳に触れる。
「っ・・・痛て」
強引に引っ張ったのがよくなったらしい。傷は治っていない。
結界。特殊な力を持つ者と外界を一定の範囲だけ遮断する結界を、ヨーシュは翡翠の耳飾りを媒体にして造り出した。
普段はそのような魔法というものは使えないが、彼が竜の眼≠持っている時は使えることができた。
寝台の傍らの椅子に腰掛けて、彼女を眺める。
眠っている。ヨーシュは左手で煌瑚の頬に触れた。
あたたかい。
(生きているじゃないか。・・・なのに、なんで不安なんだ・・・・・?)
もう起きないのではないか、という不安。
美女桜色の瞳が二度と開くことがないのではないかという不安。
ヨーシュは深く息を吐いた。
そんなことはありえないと思いながらも、完全には不安を拭い去ることはできなかった。
「煌瑚さん・・・はやく、起きてください。・・・・・・・・・・・。煌瑚さん・・・・・・」

2010/01/27(past up unknown)


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