煌く綺羅の夜 -第二章 二つの喜びと一つの迷い- 由騎夜の予感は的中した・・・。 午後になって、食中毒者の大量発生。 村の半分が食中毒になってしまった。 ―どうして・・・俺の予感は、悪いことばかり当たるんだ!!― 由騎夜は心の中で嘆いた。 ―彼女・・・蓮花ちゃんが、旅をしているなら必ず 鎧綺は、馳せる気持ちを抑えきれずに、家へと急いだ。 しかし、こういう時に限って邪魔が入るもので・・・ 「あら、鎧綺、いいところに。これから暇?あーそう暇なんだ、じゃあちょっと付き合ってよ!」 鎧綺に口ごたえをさせずに、鎧綺のことを引っ張っていくこの女は、朱璃といった。 由騎夜の唯一の女友達であり、鎧綺が、姉を除けば、唯一苦手とする女だ。 そんな相手に逆らうことが出来るはずもなく、鎧綺は真っ直ぐに家に帰ることが出来なくなった。 「ここか・・・」 レイ=ヨーシュは宿屋「煌く綺羅の夜」の入り口の前に立っていた。 「こんにちはぁ」 ヨーシュは宿屋に向かって声を上げていた。 「いらっしゃい」 出迎えたのは、暗緑色の髪をした綺麗な女性だった。 「あ、あの・・・こちらは宿屋でいいですか?」 ヨーシュは、出迎えた女性―煌瑚―の美しさに一瞬、反応が遅くなってしまった。 「ええ、そうよ。旅人さん」 「空き部屋はありますか…?」 「まぁ、あなた一人が泊まれる部屋は空いてるわ」 煌瑚は笑顔で返した。 「でしたら、泊めていただけますか?」 「もちろん。ようこそ、“煌く綺羅の夜”へ。私はここの主、棕絽煌瑚です」 「レイ=ヨーシュです。お世話になります」 蓮花はきょとんと目を丸くした。頭の上では天紅がくつろいでいる。 煌瑚の後について入ってきた男があまりにも不思議に思えたのだ。 明らかに色素の薄い白銀の髪はこの地域―生まれて彼女の見たところ―では見たことがなかった。 左耳の耳飾りも繊細な細工が施されており、かなり高価なもののようだった。 そして、何より蓮花に印象的だったのは、彼の夜空色の双眸だった。 (なんだろう…この人、なんだか…悲しそう…) そんな蓮花の熱視線に気づいたのか、煌瑚が男にさり気ない風に訊ねた。 「ねぇ。あなたここの人じゃないみたいね。…ええと、」 「レイでも、ヨーシュでも好きな方で呼んで下さい、煌瑚さん」 「じゃあ、ヨーシュ。あなた…」 煌瑚はちらりと蓮花の方を見てから 「どこから来たのかしら?」 「……” 聞きなれない単語に煌瑚は首をかしげた。 「カラ…何?」 ヨーシュという男は微苦笑してから、答えた。 「とにかく、向こうの大陸からですよ。私自身、ここまで来れたのが不思議なのですから」 と肩をすくめた。 煌瑚は適当に相槌を打ってから、耳を澄ます――が、 その瞬間、ヨーシュの闇色の眼が彼女を射抜いた。 (えっ…!?) 「何か?」 柔かな眼差しがそこにあった。煌瑚は信じられない心持ちで眼差しを受けとめていた。 「あの…」 蓮花は気後れしながらも、意を決して声を出した。 「煌瑚さん?」 「え?」 「その人…お、お客さんですか?」 蓮花は慣れない言葉を遣いづらそうに言った。 煌瑚はそれで我に返った。 「―あぁ。そう。客よ、客。…って、あなたどれくらい滞在するつもり?」 「とりあえず、この…」 ヨーシュは紺色の外套のすきまから手を出した。 「・・・ッ!!」 「あら」 蓮花は絶句し、口を手で覆った。対して、煌瑚の反応は淡白である。 ヨーシュの差し出された右手は包帯が巻かれ、その包帯はどす黒い赤に染め抜かれている。 痛々しい手をすぐに引っこめて、彼は言った。 「手が治らないと、旅をするのも一苦労だということがわかってね。それまではここにいるつもりですよ。 手が治れば…もっと大きな街へ行くつも…」 「小さくて悪かったわね」 「あ、いや…別にそういう…訳じゃあ、気を悪くさせたなら謝罪す…」 「べ―つにィ―」 「もしかして、私を嫌ってるとか…?…」 「そんなことないわよ」 煌瑚はきっぱり断言し、微笑んだ。その笑みは、天使のような美しさだ。 「お客さまは大好き?ところで料金は?」 「それが生憎…」 そのとき、彼女の天使の微笑みにヒビが入った。 「…何ですって?」 「紙幣も貨幣も手元に無いんだが…」 「蓮花ちゃーん?」 くるんと回転し、煌瑚は目の笑っていない笑顔を蓮花に向けた。 その底知れぬ静けさを持った声に蓮花はビクつきつつ、応えた。 「はっはい?」 「ホーキ、もってきて。私、塩もってくるから」 「なっ、なんでですか?」 「決まってるじゃないっ」 ふん、と自慢気に鼻を鳴らして、美しき女主人は言った。 「疫病神はドライブ・アウェイよ?この男を追い出すの!」 「うわっ!金はないけど、 「あっそう、ならいいわ」 これまたあっさりと、煌瑚はほうきを床に置いた。 「蓮花ちゃん、彼を部屋に案内してくれるかしら」 「は、はい」 「じゃ、ヨーシュ。料金の話は後ほどゆっくり?とね」 「……楽しみだよ…」 ヨーシュはぐったりと呟いた。 2010/01/26(past up unknown) ← → 煌綺羅 TOP |