煌く綺羅の夜 -第四章 川の流れのように- 宿屋に戻ると、煌瑚とヨーシュは戻ってきていた。 ヨーシュは荷物持ちで少し疲れたらしく、椅子に座りながら軽くぐったりしていた。 「お帰りなさい、れんちゃん。ちょっと手伝ってくれない?」 「あ、はい。今、行きます」 蓮花は台所へと走っていった。 由騎夜はヨーシュに声をかけた。 「ごくろうさま。姉貴のお供に行って来てんでしょう?」 「あぁ…すごいね、彼女は」 ヨーシュは笑って答えた。 「今度、つかまりそうになったら言ってくれよ。俺が行くから」 「気持ちだけ、受け取っておくよ。結構、楽しかったからね」 「そうか?なら、いいんだけど」 そこで会話は途切れた。 二人共、静かでも何も苦にならないらしい。 だが、由騎夜は部屋に戻った。 ヨーシュはやはり、椅子に座ったままだ。 バタンッ。 勢いよく帰ってきた鎧綺は、そこでぐったりしている(らしい)ヨーシュを見て不思議に思ったが あえて声はかけなかった。 今朝、煌湖に「れんちゃんなら、ヨーシュと抱き合っていたわよ」と言われたことをかなり気にしているらしく どこかトゲトゲした空気がその場に流れている。 ただ一方的な鎧綺の思い込みなのだが…。 組み合わせた手に預けていた額をあげたヨーシュは鎧綺の姿を見て、言った。 「あれ、いたのかい?」 「さっきから。(いたよ。気づけよ)」 鎧綺は無表情を装って答えたのだが、その口調はかすかに敵意が混じっている。 普通なら人が気づけるものではない―――― ヨーシュはちょっと驚いた顔で訊ねてくる。 「鎧綺君、だったね」 「君付けで呼ぶな。(ついでに年上ヅラすんな!怒)」 「失礼。では…何て呼んだら?」 「ご勝手に」 鎧綺は肩をすくめる。ヨーシュは苦笑した。 「矛盾してるね」 「…ほっとけ」 「――ところで、由騎夜君…君のお兄さんのことだけど」 その言葉は鎧綺の無表情に完璧なヒビを入れた。 「ちょっと待てい…あんたの言葉はミョ―ななまりがあって聞きにくいんだけど(怒)…今、ユキヤが俺の兄でどうこうと…」 「…ちがうのかい?」 「ちぃぃがぁぁうぅぅぅう!!あんの愚弟を勝手に俺様の兄にすんな!!上の兄弟姉妹は姉貴だけで充分だ!!これ以上、増やすなッ!お前は俺の親か!?」 「息子を持った覚えはないが」 「俺も二人も親父を持った覚えはない!……あぁ〜、なんかあんたと話してると疲れてくるんだよ…」 鎧綺は頭を抱えてうめいた。ヨーシュはそれを笑わずに聞いて、ふと居住まいを正す。 「ひょっとして、君は私が嫌いかい?」 「はあッ!?」 鎧綺はすっとんきょうな声を上げた。さっきまでの無表情はどこへやら…である。 ヨーシュは気にせずに、うんうんと一人でうなづいている。 「職業柄…昔のものだけど、人の考えることはちょっとした仕種でもわかるんだがね。 君は…私と話をするのはあまり落ち着けないように見えるな」 「む゛っ…」 鎧綺はぐっと言葉につまった。 ――気に喰わない。大いに気に入らない。確かに言われたことは当たっているかもしれないが。 (この野郎…) つかみかかりたい衝動をこらえて、鎧綺はヨーシュを凝視する。 ――彼は楽しんでいるのだ、この状況を。 それを自覚し、鎧綺は思わず口走っていた。 「悪趣味だな。あんた…」 「訳のわからないことを言わないでくれ、 ヨーシュは笑顔で答える。 鎧綺は首をかしげた。 「あうす・ばろーか…?何言ってんだよ」 「 「なんだと!?」 「好きに呼べと言ったのは君だろう?」 「う゛」 またも言葉につまる鎧綺。嬉しそうにヨーシュは言ってくる。 「私の勝ちだな、激情の若人。どうか、君も『あんた』じゃなくて名前で呼んでほしいんだが…」 「勝ちってなんだ!?いつ勝負した!俺とあんたが」 「あんた、じゃなくてヨーシュだ。理解力が低いな、 「くっ…(怒)」 「……ふむ。君が今度さっきの遊びで私に勝てたら、この不名誉な称号は撤回してあげよう。 …ただし、屁理屈はよしてほしいな。子供相手にしてるようでつまらなくなるし」 認めざるをえない―――鎧綺は思った。そして、告げる。 「嫌いじゃないさ。……ただ、ものすんごく苦手なだけだ」 居間の死角の位置でその様子を見ていた由騎夜は複雑な心持ちだった。 (…鎧綺が、朱璃や姉さん以外の人にまるめこまれるのなんて…) 丸め込むこと――ようするに口で負かされる――のできる人間は二人共女であるのは、 何とも不甲斐無い話のような気もしないでもないが、基本的にこのことを気にする者はとっても少ない。 由騎夜はヨーシュを見た。彼はどこか楽しそうに話している。 (…強いんだろうな、彼は) 尊敬と羨望の入り混じった双眸を青年に向けながら、居間へ向かう。 2010/01/26(past up unknown) ← → 煌綺羅 TOP |