煌く綺羅の夜 -第九章 試練の嵐-


鳥の声がする。
煌瑚が目を覚ますと、もう、あたりは明るくなってきていた。
ぼんやりと、目をあけると、朝露にぬれた葉があった。
一瞬、自分がどこにいるのか、わからなくなった。
(・・・そうだった。昨日は、けっきょく森の中で眠ったんだった・・・)
「……煌瑚さん?」
間近で声がし、煌瑚は、自分が寄りかかっているものの正体に気づいた。
どうして、こんなところにいるのか、とか、いつからいたのか、とか色々、思うことはあったが、
まだ少し寝ぼけている頭では何も考えられず、まどろみに身をまかせて、また目を閉じた。
「煌瑚さん」
聞こえる声を無視して、あたりの音を聞く。
「煌瑚さーん」
鳥が飛びだつ音。動物達の足音。
「……………遊んでませんか?」
困ったような声に、煌瑚は自然と、顔がほころんだ。
煌瑚は、ゆっくりと目を開き、顔をあげた。
「・・・・・・おはよう」

ダラムは少し困っていた。
どうもさっきから、同じ所をぐるぐると回っているようだった。
(・・・まぁ、適当に歩いてれば、どこかには出るだろ)
そんなことを考えながら森の中を歩いていた。
ふと、人の話し声が聞こえてきた。
ちかくの茂みの中にかくれて様子を見ることにした。
声は、二つ。
「今日は、天気がいいですね、煌瑚さん」
一つは若い男の声。
「森の中だからわからないわ。そんなこと」
もう一つは女性の声。
(コウコ・・・・・・どっかで聞いたことがあったような・・・)
ダラムは首をかしげて、二人の話に耳をかたむけた。
「さっさと帰るわよ。朝食つくらないといけないし、家に由騎夜と鎧綺とれんちゃんの三人だけだと心配だから。・・・あ、そういえば、もう一人客がいたわね」
(由騎夜・・・?・・・ということは・・・!)
ダラムは、がばっと立ち上がった。
「由騎夜のお姉さんか!」
突然、茂みの中からあやしげな男が現れ、二人―ヨーシュと煌瑚―は動きを止めた。
「いっやぁ〜〜話にはきいてたけど、ほんと美人だなぁ」
ダラムはそんなことを言いながら煌瑚に近づいた。
もちろん、ヨーシュのことは目に入っていない。
「・・・・・・・・・誰・・・・・・・・・?」
煌瑚は少し後退り、顔をしかめて言った。
「直接会うのは、これがはじめて、だな。俺は、ダラム=デス=デービル。由騎夜の師匠だ」
「…あぁ…あの、ダラム師匠さんですか」
そう言いながら、煌瑚は、じりじりと後退っていく。
「しっかし、本当にきれいですねぇ」
ダラムは煌瑚が一歩後退ると、二歩近づいていく。
「・・・それは・・・どう・・・も」
ダラムは煌瑚の手をつかみ、自分の方に引き寄せた。
「なっ!?」
次の瞬間―――――
煌瑚は唇に何かがふれるのを、感じた。
それは一瞬のことだったが、煌瑚にとっては、とても長い間のように感じた。
(コイツ・ハ・・イマ・ナニ・ヲ・シ・タ・・・・・・?)
煌瑚は頭の中が真っ白になり身動きできなくなった。
それは、本当に、一瞬のことで、ダラムはすぐに煌瑚を放した。
「今のは、お近付のしるし、っつーことで。また、今度、ゆっくり会いましょう」
ダラムはそう言うと、上機嫌で行ってしまった。
その場に、硬直したまま動かない煌瑚と、平静を装ってはいるが内心、動揺しまくってるヨーシュを残して。


朝露の中の風景は何となく美しく見えた。
水晶のような淡い青い目を細め、空を仰ぐ。
テラスの窓硝子に、光が当たって屈折する。
今日は晴れだろう、と―かなりどうでもいいことだが―四葉は思った。
吹いてきた風ではない、別の音…誰かの足音を背後に感じ、振り向く。
「――蓮花!」
無言でテラスへと入ってきたネグリジェ姿の蓮花は思いつめた表情で四葉の横に立った。
「…どうした、そんな格好で」
「急いで来たの。・・・あまり、聞かれたくない話だから。誰も起きてこないうちに、って。
 どうしても、聞きたいことがあって」
「何だ?」
言ったものの四葉は、大体を予測していた。
「――お兄ちゃんは、私を迎えに来たの?」
「・・・・・・違うよ」
昨日、酒場で見せた引きつった笑いではなく、優しい微笑み。
一年前と何も変わらない、と蓮花は思った。
その笑顔が、自分の前だけだったということを知っていた。
自分が原因で、誰にで優しいお兄ちゃん≠ェそうなってしまったことも。
片時も忘れたことなどないそれら全てが、涙となって溢れた。
「本当・・・?」
「本当だ。・・・分かったら泣くな、蓮花」
妹≠ノしてやるように、四葉は蓮花の頭を撫でる。
「――――っ!!」
蓮花は無意識のうちに、四葉の服をつかんでいた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい!私、勝手に出ていって、部屋も壊しちゃったし!お兄ちゃんに何も、何も言わなくて!私!!」
「蓮花・・・」
「ずっと、あいたかったんだよ・・・」
震えた声。
可愛いと思った。強くなって守ってやろうと思った――そんな昔を思い出す。
それが今も大して変わっていない気がした自分がおかしくて、四葉は口元に笑みを浮かべた。
軽く抱きしめて、すぐに体を離す。
「・・・とにかく着替えてきたらどうだ?」
「・・・うん。・・・ねえ、お兄ちゃんはまだここにいるんだよね」
「しばらくは、そうしようと思っている」
蓮花はうって変わって満面の笑みを表した。
「・・・・・・あとでね!」

一階、玄関の扉が開く。
何も言わずに戻ってきたヨーシュと煌瑚は、何も言わずにそれぞれの部屋へと向かった。

 何があろうと、ともかく一日は始まる。

  <第九章 終>

2010/01/26(past up unknown)


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