煌く綺羅の夜 -第十章 祭の夜-


ヨーシュはまだまっすぐ歩ける余裕のある人通りを歩いていた。
後ろから子供たちが元気よく駆け抜けてゆく。その末尾の一番幼い少女が足をもつれさせ、転ぶ。
「ふぇぇ…」少女はおいていかれたことと、転んだことで泣きかけた。
無視できず、ヨーシュは少女の体を浮かせて、足を地につかせた。
少女は驚いて目を丸くした。ヨーシュは笑いかける。
「大丈夫かい?」
「……うん…」
「なら、よかった」と言って立ち上がり、ヨーシュはぽんぽん、と少女の頭を撫でた。
「今度は気をつけるんだよ」
「うんっ」
少女は明るく笑って走っていった。その背を見送ってヨーシュは歩み始めた、その直後。
「っ・・・と。失礼」
肩が誰かとぶつかったので、ヨーシュは謝っていた。ぶつかった相手は若い男だ。
一種の蔑みを含んだような視線をくれながら、男は言った。
「…見慣れねぇ頭だと思ったら…お前か、他所者の野郎ってのは」
「……」
周囲に目を配ると、この男の後ろの方に仲間らしき男がいる。
瞬時の判断により、ヨーシュは酒場へ向けての足を速めた。
「おいおい、無視かよ。異国人っつーのは、つれねぇなぁ」
やはり仲間だったらしい青髪の男が進路に立つ。ヨーシュは無感動に呟いた。
「…経験から、からまれていいことは無かったものでね」
ヨーシュは肩をすくめてみせる。最初にからんできた男、連祇は余計ニヤつく。
「おもしろい冗談だな」
「――何か用かな」
「聞きたいことがあってよぉ。お前、棕絽煌瑚と一晩中森にいたらしいな?」
連祇の問いに畳みかけるように、青髪の男―瑳狐が告げる。
「煌瑚は俺が先に目ェ付けてたんだよ。…異人てのは、随分節操がねぇな」
「馬鹿だな、お前は。棕絽ったって、所詮は女だぜ?色男に誘われりゃあ、乗っちまうって」
卑しい視線が注がれていることに、ヨーシュは嫌な気分になっていた。
「朝、森から出て来てたからな。お楽しみだったろうな、色男さんよぉ」
連祇はヨーシュの沈黙を萎縮していると受け取ったらしい。瑳狐は芝居っぽく嘆いてみせる。
「横取りはよくねぇな、煌瑚は俺が頂く予定だったのに。ま、貞淑ぶった淫売だったんなら頼めば、やらせてくれそうだなー」
「……調子に乗るな」
突然のヨーシュの呟きに、二人は驚いたようだがすぐに眉間にしわを寄せた。
「何だと?てめぶヮ」声は途切れた。
連祇は次の瞬間には、裏拳で強打された右頬を真っ赤にし、尻もちをついていた。
柔らかな冷笑を造作に浮かべ、ヨーシュは瑳狐に低く囁いた。
「低俗な人間の戯言はいつ聞いても心地よいものだよ。貴様程に私を不愉快の虜にしたのは、故郷の知人以来だ。
 …その男は私のせいで二度と立ち歩くことはできなくなったようだが…」
夜空色の双眸は華やかな毒花のような嘲笑をたたえていた。
「…今度彼女を中傷することがあれば、先程の下らない美辞を叩けないように喉を潰して差し上げよう。どうぞ、お忘れなくお二方…」
颯爽とヨーシュは歩き出した。呆然――或いは怯んで動けない――とした二人を置き去りに。

一方、蓮花と稚林と四葉の三人は。
「れんちゃん、向こうに金魚すくいがあるよ!」
「行ってみよう!」
蓮花はそう言ってかけ出した。しかし、そのとたん、何故かバランスを崩して転んでしまった。
「大丈夫か?」
「ありがとう、お兄ちゃん。大丈夫だよ」
蓮花は少し恥ずかしそうに笑いながら立ち上がった。
「じゃあ、ちーちゃん、行こうか」
蓮花は、隣にいたはずの稚林に声をかけた。しかし、そこに稚林の姿はなかった。
「……あれ?ちーちゃん?」

稚林は、出店の影に隠れていた。
(あ、あぶなかった…。お姉ちゃんに見られるところだった……。こんな格好の時に、お姉ちゃんに見られたら何て言われるか……)
稚林の姉、祢音が遠くまで行ってしまったのを確かめてから、稚林は出店の影から出てきた。
まわりをぐるりと見渡したが、蓮花も四葉も見当たらなかった。
「……もしかして…わたし、迷子?」
姉が、こちらに来るのを見て、とっさに近くの出店の影に隠れたのだが、そのせいで蓮花と四葉の二人とはぐれてしまっていた。
(ど、どうしよう!)
稚林は慌てて、人ごみの中を駆け出そうとしたが、人にぶつかってしまった。
「あ、ごっ、ごめんなさ…」
「あれ?稚林……?」
稚林がぶつかったのは鎧綺だった。

煌瑚は暗い部屋の中でベッドに腰掛けていた。
今、宿屋には煌瑚の他には誰もいなかった。
鎧綺は蓮花達四人が祭に出かけて、しばらくしてから祭に出かけていった。向こうで蓮花達と合流するつもりなのかもしれなかった。
由騎夜は、急患が来るかもしれないと、診療所に向かった。
煌瑚は今まで、一度も祭に行ったことがなく、行く気もまったくなかった。
祭というものは煌瑚にとって、うるさすぎた。
いろんな音や、いろんな心の声こ えが聞こえすぎてしまい、うるさすぎるのだ。
家の中にいてもそうなのだ。祭の中に行けば、どんなにうるさいか…。
だから、煌瑚は今まで、一度も祭に行かなかったのだ。
しかし、今年は違った。なぜか、行ってもいいかもしれないと思ったのだ。
自分でも、どうしてそうおもったのかわからなかった。
煌瑚は一度、溜め息を吐くと、立ち上がった。
(せめて酒場には行こうか・・・)
そのとたん、音の洪水が押し寄せてきた。
「な・・・な・・・・・に・・・?」
あまりにも、多すぎる音に、頭がわれそうだった。
煌瑚は、耐え切れずに耳を押さえて、しゃがみこんだ。
こんなことは初めてで、どうしてだかも、どうすればいいのかも、わからなかった。
と、何か頭に重さを感じた。
頭に手をやり、頭の上に残っているものを掴む。
天紅だった。
「あら・・・・・・お前はまだいたのね」
煌瑚は、少しほっとしながらつぶやいた。
気づけば、音は引いていた。
「一緒に、行く?」
天紅に、煌瑚は優しく尋ねた。

2010/01/27(past up unknown)


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