Lighted Darkness
 −strange visitors−



ヘンリー・ジーヴルが現在の職に就いてから二十年になる。
彼は五十歳を過ぎても医者にかかることの少ない健康的な肉体の持ち主だったが、ここ二、三日は家に籠もりがちであった。
仕事はいずれ彼の地位を継ぐ次男のドグにに任せてあるとはいえ、少々心配ではある。
何より彼は家でじっとしているのは性分に合わないような男だった。
ヘンリーは自分の書斎で珍しく読書をしていた。
読み始めてから数十分後、ヘンリーはどこから風が入ってきていることに気づいた。
頭を巡らすと、寝室へのドアが細く開いている。
女中の誰かが掃除の時に開けたのだろうか――首を傾げながらも、彼は本を置いて寝室へと向かった。
部屋に入ると、やはり窓が開いていて、カーテンがゆれている。
ヘンリーは不用心な女中へ毒づきつつ、窓に近寄った。
「Mr.ジーヴル?」
その声は突然背後から問いかけてきた。
激しい恐慌に駆られたヘンリーは自分でも考えられないくらいの速さで振り向いた。
書斎からもれている灰かな明かりにさえ揺るがない黒い影。長身の男。
訳もわからないうちに、ヘンリーは首を絞めつけられるのを感じた。
続いて爪先が床から離れた。
無我夢中で自分の首を絞めるもの――男の手をかきむしるが、それはびくともしなかった。
男が歩き始めてヘンリーはより一層もがいた。
そうしているうちに、彼は唐突に男の意図を悟った。
  窓から差し込む月明かりで男の顔をヘンリーは初めて見た。
不気味なほど整った顔。人形よりも無表情な男が暗闇からこちらを見下ろしている。
死神のようだ。彼は思った。
直後、ヘンリーの首を掴んでいた死神の指が離れた。
「ぎゃあああ――――っ!!」
落下感の恐怖から、ヘンリーは頭が潰れるまでにはその死神の顔を忘れた。

標的が頭から落ちたのを見届けてから、イゼルはその部屋を出た後すぐに侵入してきた部屋へ急いだ。
依頼主の話によると、そこは次男の自室で今夜は帰ってきていない。
足音もなくドアの隙間に滑り込むようにして部屋に入った直後、人々が動き出す物音がする。
部屋で拝借した靴を自前のものにはきかえてから、イゼルは窓の外に身を躍らせ、近くの木に飛び移った。
次いでその家の塀を乗り越える。
道路に膝を折って着地したイゼルは突然横倒しになった。何かが覆い被さったのだ。
「・・・っと!…おいおい」
自分を押し倒したものを見て、イゼルは苦笑する。その"何か"の正体は――犬だった。
立派な毛並のシェパードが忙しなく尻尾をふりながら、イゼルをつぶしていた。
「待たせて悪かったよ、リラ」
手荒く犬を撫でたあと、彼は隠していた鞄からコートを取り出して着た。
「帰るぞ。来いフォロー
シェパードのリラはイゼルの斜め後ろにぴったりついて歩く。
一人と一匹が静まった街を歩いてゆく。
―――二時間後。
古びた真鍮 しんちゅう の表面に"Francisca"と彫られた看板を見てから、イゼルはその店に足を踏み入れた。
店内にほとんど客はいなかった。というより店内にいるのは二人。
(まぁ、閉店直後なら当然か)
胸中で呟いてから、カウンターへ向かう。
「お。帰ってきたな」
振り向き笑いかけてきたのは、ロバートだった。
「お帰り。何か飲む?」彼の隣でそう訊ねてきたのは、ダークヘアの美女。
華やかな美貌のネイビーの瞳は温かな表情をしていた。
イゼルは無表情のままで首を振る。が、振ってから気づいたように言う。
「リラに水をやってくれ」
「いいわよ。今日は泊まっていくの?」
「アマンダ、今男に飢えてるからって仕事帰りの疲れた奴を誘うのは酷ってもんだぜ」
アマンダは勝気そうな眉をつり上げて、ロバートを見下ろす。
「頭ん中腐ってるのは知ってるけど、あたしを馬鹿女共と一緒にしないで頂戴」
「おぉ、怖ぇ〜」
肩を竦めるロバートを一睨みしてから、アマンダはイゼルに席をすすめてカウンターの中に入った。
席につくなり、イゼルは言う。
「つまらなかった。値段の割に」
「仕事は退屈の極み!遊びは退屈しのぎで趣味こそが人生の休息ってね。いい言葉だろ?」
ロバートは片目をつむって笑ってみせる。イゼルはかすかに笑う。
「かもな。誰の言葉だ?」
「俺」
その一言にイゼルの片眉がぴくりと上がる。友人の変化に気づかずにロバート。
「いい言葉だろ?俺の人生哲学論の格言さ」
「本っ当に、時々いい事言うわよねぇ。ロビン、あなた明日死ぬんじゃない?」
「あぁ死ぬな。さようなら」
「おおい!お前らなぁ…!!」
非情なイゼルの言葉にロバートはとりあえず、イゼルのこめかみをつついた。


20100215(20060222) writer 相棒・竜帝


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