Lighted Darkness
 −contact point−



――コン、コン
サラはシリィの部屋の前に来てドアをノックした。
「はーい」とシリィの声がしてドアが開く。
「あれ?サラ、どうしたの?」
「シリィに話があるんだ。入ってもいいかな?」
「うん、どうぞ」と、シリィはサラを部屋の中に招いた。
サラはベッドに腰掛け、隣にシリィも座った。
「話ってなぁに?サラ」
サラは、一瞬考え…そのままいうことにした。
「あのね、シリィ…イゼル先生と何か約束をしていたでしょ?」
「うん!明日ね、お泊りに行くの」
シリィの心底嬉しそうにいう姿が、サラの次の言葉を遅らせた。
「それがね・・・先生、急用が入ってしまって今晩から出かけなくちゃならないんだって」
「え・・・嘘。だって、約束したんだよ?嫌だよ、そんな・・・」
シリィには、やはりとても楽しみにしていた話だったようだ。サラの胸に身を寄せて、ぐずりだした。
「シリィ?代わりにといったら、なんだけど・・・シスターに外泊許可先を変えてもらった」
「ふぇ?」よくわからなかったようである。
「ドクターには内緒。私の所に泊まりにいらっしゃい」
「え?!いいの?!」
泣いていたシリィの顔に一瞬にして、笑顔が戻った。
「昼間は街に遊びに行こう」
サラが笑っていうと、シリィはサラに抱きついて喜んだ。
「明日、10時に迎えに来るよ」
「うん!待ってる!」
「じゃあ、今日はそろそろ帰るよ。また明日、来るね」
「下まで送る!」
「ありがとう」

サラはシリィに見送られ、その日は孤児院を後にした。
サラの気持ちの中に、いつかの暖かい気持ちが戻り始めていた…。


一方でイゼルは不機嫌になるばかりだった。
孤児院を出てから彼が直行したのは、街のメイン通りストリート から少しはずれた、商店街のある小さな店。店内は暗い。
看板すら出ていない古びた店の前で、イゼルは小さく嘆息した。
何を思ってか、彼はそのままドアを軽く押した。
バタンっ。
「・・・・・」
蝶番の金具の存在とドアの意義を無視した光景を見下ろして、イゼルは沈黙したまま住民が来るのを待つ―――実際待つほどの間もなく、店の奥から一人の女が出てきた。
髪は白髪混じりの黒檀色で、少しばかり斜に構えたような眼差しの初老の女性であった。
「弁償しな!」
「弁償っていうのは、元々壊れてたものにはしなくていいものですよ」
鋭い怒声に全く動じずにイゼルが言い返すと、彼女はペールブラウンの目を細めた。
「その理屈っぽいふざけた物言いは…あんただね、イゼル」
店内に明かりがつく。
「ご無沙汰してます、Ms.ドリー」
「ろくでなしの坊やが何の用だい?新しい義足の押し売りじゃないだろうね」
「ちがいます」苦笑して、イゼルは答えた。
ドリー――ドロシー・スタンリーはあらゆる意味で変わり者であった。
五十代半ばにして、その壮健さは男並かそれ以上で、男のような出で立ちをしているが、昔の面影を残す顔は実年齢より若々しく気品にあふれている。
ドレスを着て髪を結いあげれば貴族の婦人にも見劣りはしないだろう。
義足あし の具合はいかがですか」
「まあまあだ」
杖を片手に歩くドリーは一見足腰が弱っているようにしか見えないが、彼女は昔、左の膝からしたを失っている。
義足自体が精巧な代物であるため、気づく者はそういなかった。ドロシーはぞんざいな口調で訊く。
「それで、今日はどうしたんだ」
「髪を染めに」
「あぁ!?まだあの家と縁を切ってなかったのかい?」
不快そうにドロシーが吐き捨てる。イゼルは軽く笑って言った。
「なかなかね・・・俺が死んだ時か緊急の場合に を預けられる場所としては都合がいいですから。
 向こうは腐っても貴族ですしね、不自由はないでしょう?」
「金銭面ではね。・・・ったく、あんたも本当イイ性格してるよ」
「でしょう?」
にこにこ笑ったイゼルを一瞥してから、ドロシーは踵を返す。
「来な。ドアはもどしておくんだよ、ちゃあんと」
言われた通りにドアを直してから彼は店の奥へ入った。
奥の部屋には、診察台1つと2、3の薬品棚があり、一つしかない窓から申し訳程度の光が差している。
「前と同じ色でいいんだろう?さっさと座りな」
忙しなく薬品棚を開閉しながらドロシーが言う。適当な椅子を持ってイゼルが座ってすぐに彼女は小瓶を片手にやって来た。
「表面だけだよ。こいつ・・・ は上等なやつだからね」
「金なら払いますよ」
「あんたの物分りの良さは、バカ親父と口だけ男に見習ってほしいもんの一つだよ」
嬉しげな声で言い切ったドロシーにイゼルはただ苦笑しただけだった。
数十分後。
「毎度言うけど、あんたはやっぱり元の色の方がいい。貴族ってのは考えることがわからないねぇ」
灰銀から漆黒へと髪の色を変えたイゼルを見て、ドロシーは不機嫌顔で呟いた。イゼルは肩をすくめる。
「あちらには受けがいいんですが・・・まぁ、単に地毛の色アッシュ・ブロンド が気に食わないだけでしょうけど」
「親父さんの髪の色だろ?アンタも嫌ならはっきり言いな、ガキ同士のイジメじゃあるまいに」
イゼルは優しい冷笑を浮かべる。
「嫌ではないんですよ?ただ最上に不愉快なだけでね。それに、こう、気分も入りやすいし」
「あぁ。見かけどおりの嫌味ったらしい陰険な紳士って訳だ」
皮肉気な笑顔でドロシーが言った。
「そう。あとは美容院に行って店で衣装を買って…」
「不愉快な割にはいやに気合が入ってるねぇ・・・?・・・」
半眼になったドロシーにイゼルは、はたはたと手をふる。
「いや俺ではなく。叔母君がね」
「あぁ、不憫な甥っ子をクソジジィと意地悪ババァ共の前だけでも立派な格好をさせてやろう、という涙々の同情心というやつだね。腹がよじれるがな」
「それもあるんでしょうが・・・・・・愛娘の未来の夫に!という馬鹿げた事を考えてるそうですよ」
噂話をするかのような口調に、ドロシーは意地悪く笑う。
「まるで他人事だな。まぁ、せいぜいイビりちらして伯父の寿命を縮めて来な。みやげ話を今回の代金にしてやる。・・ただし、それなりのもの じゃないとドアの弁償代も払わせるからね」
「楽しみにしていて下さい」
柔和な冷笑と悪徳な宣言を残し、イゼルは店を出た。


20110221(20060713) writer 相棒・竜帝/深飛


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