Lighted Darkness
 −contact point−



その日の夕方。
家路に急ぐ人々や夜の街へ出ていく人々。その中を縫うように歩くのは、着古した地味なスーツを着た黒髪の青年。イゼルである。
彼が向かっているのは、貸金庫の店。彼は音を立てずに目的の店に入っていった。
ドアが連動して鈴が小さな音を立てた。
あまり広くない店内の狭いカウンターに中年の男が一人。男はイゼルに気づくと、少し目を見張ったようだった。イゼルはカウンターに近づき、告げる。
「アステル・ダンドルマンだが」
「えぇ。確か昨日の夜・・・代理人の方が」
「ロバート・マクイーンだと名乗ったろう?」
「はい、確かに」
男は深く頷いてから、イゼルに背を向けて背後のサイの目状に並んだ金庫の一つから長方形の箱を出した。
それを受け取ったイゼルは、スーツの内ポケットから一つ鍵を取り出す。
箱の中身は二丁の拳銃。一つは短銃。もう一つは銀の長銃。
弾倉をそれぞれ確認してから、イゼルは両方ともスーツ下のホルスターにしまい込む。
箱を返しながら、訊ねる。
「彼は何か言っていたか?」
「いや・・・ただ」
男は困惑した表情をかすかに浮かべる。
「ただ?」
「彼と入れ違いに入ってきた人がいてね。あなたに伝言を、と」
「彼にではなく?」
「黒髪黒目の色男、だと言っていたから、あなただと思うがね?」
イゼルは無言で続きを促す。男は思い出すように視線を上に向ける。
「あぁ…確か、鼠は放し飼いにするな≠ニか」
「どんな人間だ?」
「――こんな女よ」
ドアの開く音と同時に、その声は聞こえた。
店内に一つしかないドアの前に立つのは長身の美女。
腰まで伸びたハニーブロンドを胸の前で編み、貴婦人を思わせる、藤色を基調としたドレスを着たその美女は、日傘を片手ににっこり笑っていた。
化粧は濃いが下品な感じはしない、華やかな顔立ちをしている。
彼女は笑ったまま告げた。
「はじめまして。それから、さようなら」
彼女の手が優雅な動作で動く。
「 う 」 男の小さなうめき。
イゼルが振りかえると、カウンターの中で男の体が傾いでいるのが見えた。
目を見開いたまま絶命した彼の額には、長い針のようなものが立っている。
「伝言は聞いてくれた?」
数秒前に行った殺人など、まるで無かったことのように美女はローズレッドのルージュを引いた唇を笑みの形にした。
「・・・鼠を飼い慣らす趣味は無い」
「よかったわ。ちゃんと伝えてはくれたのね、その人」
「・・・君は?」
「オレイア・ネイよ。よろしくね、Mr.アステル・ダンドルマン」
彼女―オレイアは不意に考えこむような顔をする。
「でも、あなたが灰色狼アッシュ・ウルフ ≠ネの?黒髪なのに?」
アッシュ・ウルフ≠ニいう言葉に、微かにイゼルは反応する。オレイアはイゼルを見上げる。
「それとも、本当にあなたがDr.イゼル・へインズなの?」
「―――だとしたら?」
冷たさを含んだ言葉に、オレイアは笑った。艶然とした微笑み。
「あぁ、よかったわ。あなた・・・ に伝えたかったのよ」
「何を?」
「この度、あなたの縄張りにお邪魔することになったわ。あなたの獲物はとるつもりはないから安心して・・・でも」
恋人に寄り添うように、オレイアはイゼルに身を寄せる。だが、その眼は笑ってはいなかった。
「あまり私たち・・・ に口を出してこないでね。あなたの大切な鼠さんが死んじゃうかも。あの、ブランの毛並・・ の…」
「―――その時は、君の命もない」
告げて、イゼルは身を翻した。オレイアの驚いた顔が視界の端に入ったが、彼はそのままドアへ向かった。

その時、ロバートはあまり好き好むものじゃない悪寒を感じた。
「どうした、ロバート」サラは、微妙な変化を示したロバートに声をかけた。
「いや…ただ、ちょっと悪寒がしただけ…」
「…そうか」
シリィは、ゲイルとすっかり仲良くなったのか、カウンターの奥にある棚に並ぶ、色とりどりの瓶について楽しそうに話をしている。
まあ、多少、お酒の話も混ざっているようだが…。
と、そこへカルロスがやってきた。
「いらっしゃい…」サラが言うと、微笑んで店内へと足を進めてきた。
そして、遠慮もせずにロバートの隣へと腰をおろした。ロバートは、というと、明ら様に視線を逸らした。
「あ、サラ、今日は酒はいらない」
そう言うカルロスに、サラは不思議そうな顔をした。
「この兄さんに用があるんだ…」
ロバートは驚いて、カルロスを見た。シリィは空気を読んで、じっと黙っていた。
カルロスは、少し目を細めるとロバートにだけ聞こえるように耳元でこう言った。
「あまり、俺たち・・・ の庭を荒らすな…荒らせば…言わなくてもわかるな?」
カルロスは口の端を微かにあげて嫌な笑みを見せた。
「それと…サラは渡すつもりはない、と灰色狼に伝えておけ」
そう言うと、カルロスはサラにまた来るよ≠ニ言って帰って行った。
直後、ロバートはカウンターに突っ伏した。ゴン、という音にシリィが身を竦ませる。ゲイルとサラも不思議そうな顔で彼を見下ろす。
「どーしたの?」
「…こ、殺される…」
「だれに?」
屈託無く尋ねたシリィを悲哀に満ちた眼差しでロバートが見つめる。
「シリィの兄ちゃんに…」
「兄?嬢ちゃんに兄さんはいるのか?」
ゲイルの問いに、シリィは小首を傾げる。
「ん。イゼル先生のことだよ。本当のお兄ちゃんじゃないけど」
「やばいんだよ…俺、俺は…あいつに殺されかねないことを…っ!」
「なんで?」
「何を?」
シリィとサラが訊ねたのはほぼ同時だった。
一瞬の間。
「―――ま、色々とね…」
「自業自得ってとこか」
ズバーと切り込んだゲイルの言葉にロバートは起き上がって抗議した。
「いや、そんな、俺だって頑張ってるんだぜ?」
「大丈夫だよ、ロバート。お兄ちゃんが怒りそうになったら、シリィが止めてあげる」
「本当かっ!?シリィはいい子だなぁ…」
「そのかわりなんか今度買ってね」
「……シリィはいい根性してんなぁ…」
ロバートはもの哀しげに呟きつつ、シリィの頭を撫でた。

「―――まぁ、あんたも似なくていいとこあの阿保に似たねぇ」
「と、いいますと?」
染料落としが洗い流された灰銀髪の水滴を拭きとりながら、ドロシーは答えた。
「どうも決まった相手のいる女が集まり易いんだね、おかげであいつはそっちの相手にゃ事欠かなかったらしいけどね。あんたはどうなんだい?」
「興味が持てなくて。肉体的には正常ですけれど」
「クレアかい?」
静かな口調でドロシーは言った。
イゼルは何も答えない。黙ったまま、頭を乾かす作業をしている。
憂うようにドロシーは嘆息する。
「あんた義理立てすることないんじゃないか?未練たらしく憶えられてて喜ぶような湿っぽい女じゃなかったろ?あの子は」
「ええ。わかってますよ」
イゼルはやんわりと遮った。タオルを取り、彼は脱いでいた上着を掴んだ。
「別に未練はないんですが…忘れられないっていうのはあります」
手早く着衣を済ませて、イゼルはドアの前に立つ。その手前で振りかえり、
「死に別れ、ですからね」
「あんたまで死ぬこたぁない。憶えときな」
ドロシーの苦々しい眼差しに目を少し丸くしてから、イゼルは笑った。
柔らかい静かな笑みだった。
「・・・わかってます」


20120123(20060805) writer 相棒・竜帝/深飛


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